続・自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)5-2

1990年8月9日

昼過ぎ、エドワルドと一緒にリスボンの街へ出かけた。昨日、奥歯のメタルが取れてしまったのでエドワルドに相談すると、「安くて良い医者を知ってるから明日連れて行ってあげる」という事になったのだ。

歯医者はロシオの近くの広場に面した建物の2階にあった。シエスタだから夕方5時に来てくれとの事で、時間があるのでバルで冷たいセルベッサを飲み、その後エドワルドの知っている小さいレストランに行き、タラと豆の料理を一皿食べた。名前は忘れたが、なかなか旨かった。デザートに冷たく冷やしたムースチョコラーテを食べた。これにマシェイラ(ブランデー)をかけるとまた一段と美味い。締めくくりはビカ(コーヒー)。全部で650円と安かった。他の店だと1000円くらいだ。

食事の後、彼の店に行った。店と言っても露店だが、これはポリスの発行するライセンスが無いと出店できない。毎年TAXを納めなければ、せっかく取ったライセンスがパーになるので、エドワルドは泣く泣く大枚を払わされて、ブツブツ言っていた。

「ポリスもヤクザみたいな真似するんやな」と僕が言うと、彼は「なんやそのヤクザちゅーのは」と聞いた。「ヤクザ イズ ジャパニーズマフィア」と言うと彼は笑った。

彼の横の露店はみんな彼の仲間だ。アメリカインディアンそっくりのジョーと、黒人のアルベルトを紹介された。「みんな気のいい奴さ」と彼は言った。一緒に近くのバルに行って、冷たいインペリアル(生ビール)を飲んだ。

夕方5時にもう一度歯医者に行った。この歯医者の診察室には看板も何もかかってなかった。建物の中も薄暗い。「イズ デンティスト イリーガル?」とエドワルドに聞くと「シン」という答えだったのでちょっとばかし不安になった。しかし、合法でやってる歯医者だって必ずしもまともじゃないのだから、別に変りもないと思った。問題は腕が良いか悪いか、でたらめな金額を要求するかどうかである。エドワルドはノープロブレムと言っていた。

無くさないようにパスポートの中に入れておいたメタルを歯医者に渡すと、すぐに作業に取り掛かった。中年のちょっとくたびれた男だった。とれたメタルを元の場所に接着剤で取り付ける作業だけだから簡単だった。

全部で500円で済んだ。なるほどエドワルドの言うように安かった。とれた場所がヨーロッパでラッキーだった。これがアフリカのジャングルの中とか、中国の辺境地帯とかを旅している時だったら、歯医者のある所へ行くのに何日もかかるし、またその歯医者というのは碌なのがいないので治療した後が恐ろしい。

「キャンプ場に帰るバスに乗る前にちょっとビールを一杯やってこう」とエドワルドが言うので、一緒に少し先のバルに入った。こっちの連中ときたら、バルに一日に10回くらいは行くらしい。生ビールはコップ一杯で、安い店ならたった50円だし、ビカ(コーヒー)は30円で飲めるので、僕のような貧乏人は助かる。

バルに入るなり、一人の男がエドワルドを抱きすくめ、いきなり彼のほっぺたにキスをしはじめたのでびっくりした。エドワルドは、その男を従兄弟だと僕に紹介した。エドワルドの従兄弟もアンゴラ人で、ブラックの血が流れているらしく、気が良かった。ハリー・ベラフォンテスによく似ている。彼は「飲め飲め」と、ビールを3杯もおごってくれた。

従兄弟は彼女と一緒だった。彼女は僕が日本人だとわかると、いきなり日本語で「鉛筆が必要ですか?」と聞いてきた。きれいな発音なのですぐに分かったが、同時に面食らってしまった。どこで習ったのだと聞くと、彼女の父が船員で、昔、横浜に行ったことがあり、その父から教えてもらったのだという。

リスボンにはアフリカ人が非常にたくさんいる。かつてポルトガルの植民地だったモザンビークやアンゴラ、アイボリーコーストその他から流れ込んできた人々だ。同じアフリカでも、その出身地により顔立ち、皮膚の色、体つき、言語が全く異なるので面白い。彼らの共通語はもちろんポルトガル語、または英語である。

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