続・自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)5-8

1990年8月15日

リスボンのドンヂャーオキントに住むS先生を訪ねる。スティーブと一緒にプラサ・ド・フィゲイラでバスを降りて、S先生の家に向かった。

途中、例の歯医者に寄ったが、バカンスに行ってしまい留守だった。1ヶ月は休みだという。日本の歯医者が聞いたらうらやましがるだろう。しかし、スティーブは虫歯の治療が出来なくてがっかり。僕も治療した所が腫れて痛むので、診てもらいたかった。

食料品店兼バルに入ってビカ(コーヒー)を飲んだ。小さな店でゴタゴタと品物が並んで、片隅にテーブルが2つ置いてある。どこか懐かしい感じのする店で、以前にも2回入った事があった。ここには間違っても観光客は来ない。

その後、日陰を選びながら歩いてS先生の家まで行った。8月もまだ半ばとあって、陽の当たる所は焼けつくようである。木陰に入るとヒンヤリした風が快い。ソル・イ・ソンブラ、まさに光と影の土地である。ここでよく絵を描く時に明暗のコントラストがくっきりとしているので、インドあたりで描くのと大分違う。

程なく先生の家に着いた。M子さんも元気そうだった。S先生は大学で社会学を教えている先生だ。1年の有給休暇でリスボンに滞在している。彼は幾つかの大学に顔を出し、今はポルトガル語を勉強しているから、ここでは先生じゃなくて生徒だ。僕より十歳ぐらい上だが話が合う。

スティーブとS先生と僕の3人でドミノというゲームをした。台所では文ちゃんとM子さんが昼食の支度をしている。先生は英語でスティーブと僕にドミノのやり方を教えてくれた。思ったより簡単で面白いゲームだ。こちらではポピュラーなゲームで、バルで男たちがワインを飲みながらドミノをやっているのをよく見かけた。

その後、先生とスティーブはチェスを始めた。先生はポルトガルでは全戦全勝だったが、アメリカ人のスティーブにはこてんぱんにやられ、汗をかいていた。スティーブは先生を負かす程だから、思ったよりずっと手強い相手らしい。「うーん、強いですネェー」と、5回やって5回負けた後、先生は唸った。

その後昼食した。赤ワインで乾杯。メニューはアジの塩焼、ご飯、ナスの漬物、インゲンのお浸し、ベジタブルカレーというものだった。どれも美味しかった。

この家は100年も昔のものだ。それも総大理石造りで、壁面には立派な彫刻まであるのだから恐れ入る。建物は5階建てのマンション。100年前の建物などリスボンでは比較的新しい建物なのだ。部屋はいくつもあり、トイレ、バスルームが2つずつある。家具調度も古く、立派なものだ。ここの家主もやはり大学教授で、イギリスでポルトガル語を教えているという人で親日家。今は留守で使用してないので、先生が借りて住んでるのだ。石造りの家だから夏でも涼しく快適だ。クーラーなんて必要ないのである。

実に立派な家だが、住む人にはそれなりに悩みもある。小さな蟻が壁の中に巣を作っていて、壁の隙間から侵入してきて食べ物にたかったりする。石造りだから白アリはいないが、小さな赤アリが棲息している。水道や電話などが時々調子悪くなる。電話して修理を頼んでもなかなかやってもらえない。修理もいい加減だという話だ。一度、鍵を忘れたまま外出してしまい、中に入るのに苦労したなど、住人になってみぬと分からぬ苦労があるようだ。

その点我が家は吹けば飛ぶようなテントだが、実に気楽なものだ。しかし雨の3日も降ればお手上げ。どっちもどっち、一長一短だ。S先生などはモンサントに遊びに来て、「キャンプ生活も気楽で良いね」と羨ましげであった。僕は僕で、先生の家の革張りの立派なソファに腰を下ろして、銀のナイフとフォークで食事してしたりしていると、こういうのも良いなーと、時々羨ましく思ったりするのである。

しかしまあ、先生の家とこのテントの家を行ったり来たりして、両方の良さを楽しむのが一番という気がする。

cycleNext5-8

(6へつづく)


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