続・自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)6-2

1990年8月21日

アルジェシから電車に乗り換えてカシュカイシへ行った。カシュカイシは海に面した町で、日本ならさしずめ湘南のような所である。

走っている電車の窓の向こうに海が光り、ヨットや小舟が悠々と揺れている。ビーチでは、人々が泳いだり寝そべってるのが見える。行楽客でごった返すカシュカイシの駅前から、ロカ岬行のバスに乗った。

途中のビシカイアで降りて、数分の所にあるT牧師の家へ向かう。背後は低い潅木と雑草の生い茂った山、その頂きには古い城跡らしきものが見えていた。前面は急な斜面で、断崖の下は青い海が広がる。そこは数軒の家がひっそりと固まっており、風がピューピューと電線を吹き鳴らしているばかりであった。眠ってるように静かな部落である。

狭い埃っぽい道をT牧師の家へと辿ってゆくと、我々に驚いてか、鶏が目の前を慌てて逃げ惑った。道の傍らにはグズベリーの茂みもあって、黒い実がなっていた。口に入れるとほんのり甘かった。

あいにくと主は留守らしく、ベルを押しても家はしんと静まり返ったままであった。漆喰を塗ったばかりの白い壁が目に眩しくて遠くに目をやると、大西洋の海と空と、切り立った断崖が見えた。ロカ岬である。

海の方へ下りてゆくと道は段々険しくなって、見晴らしの良い所に一本の松が立っていた。木陰に腰を下ろし、海を見下ろした。釣り人が崖をよじって歩いているのが遠くに見えた。

持ってきたセーターを下に敷いて昼寝した。海からの涼しい風と松の枝葉が暑さを和らげ、心地よくてそのまま眠ってしまった。

目が覚めて時計を見ると、7時過ぎだったがまだ明るい。松の木に立てかけておいたギターを手に取り、T牧師の家に行った。今度はベルを押すとドアが開き、T牧師が立っていた。奥さんも一緒だ。

この日は、日本からのお客さんも同席だった。上谷夫妻と二人の元気の良い男の子である。我々が訪ねてきたのを、ロカ岬で会った日本人観光客から聞いて知っていたと言っていた。確かに、カシュカイシからロカ岬行のバスの中で二人の日本人に会い、声をかけた覚えがあった。その人達が偶然にもロカ岬でT牧師に会ったという次第である。宗教的人間だと、これはすぐに“神のお導き”という風に考えるのだろうが、僕は偶然と思っている。

上谷氏は植物の生理学を研究している学者で、話も面白かった。我々は夕食を一緒にしながら、地球の未来について話し合った。上谷夫妻はプロテスタントで、T牧師とは親しい間柄のようである。明日はロンドンへ飛ぶ予定で忙しそうだが、3週間の休みをとってヨーロッパを旅行しているとの事である。いかにも物腰の静かな学者らしい人だった。話題は段々と、科学から神の話に変わっていった。ここにいると、僕もプロテスタントに教化されてしまいそうだ。

別に今の状態に対して不満がある訳でもなく、特定の宗教に自分を固定したいとは思ってない。自分の旅が極めて困難な状態に陥ると、僕は「神よ我々に勇気と力を与え給え」と今まで祈る事も度々あった。その神は自分のイメージの中にある神であって、キリストでもなく、また仏でもないものである。自分だけの神様だ。志賀直哉の「小僧の神様」の様なものである。しかし、それを言ってもこの人達には理解してくれそうもなかった。

イエス・キリストを唯一の神と認める事がどれほど大切なことなのか、まだ自分にはわからない。仏を信じ、それに全てを委ねて安心を得る大乗仏教はイージーで面白いが、修業を続けて悟りを得る事を目標とする小乗仏教は自分には厳しすぎてとても出来そうもない。チベットのラマ教、及びインドのヒンズー教の宗教観はどことなくミステリアスで私は興味を覚える。

cycleNext6-2MONTE NOVO-ポルトガル


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