ピラニア軍団の夏休み 4

親分と北海道キャンプ その2

夜になり谷間は真っ暗になり冷気が押し寄せてきた。

豪勢な焚き火を皆で囲んで、ジンギスカンをたらふく食い酒をイイだけ飲んだ。男達の顔は焚き火に赤く照らされ、竹槍を抱え込んだ姿はまるで「山賊」に見えた。時代が時代なら我々はほんとに山賊にでもなっていたんじゃなかろうか、と思った。グデングデンに酔っぱらった子分達がそのうち取っ組み合いのケンカを始めると、親分は止めさせるどころか、「もっとやれ」とけしかける始末だった。

そのうち昼間の疲れと酒の酔いが回って、皆毛布にくるまり子供みたいに寝てしまった。そのあとはイビキの合唱大会でもやってるみたいだった。

夜明けの頃だった。「カッ、ピー!」というものすごい怪鳥のような鳴き声で私は飛び起きた。そいつは鳴きながら森の方に遠ざかって行ったので私はホッとした。他の連中も目を覚まし騒ぎ始めた。

「この谷には熊よりもっと怖い獣がいるんだ」と私が言うと皆は顔を見合わせていた。

「栗岩さん、ありゃ何ですかい?」と親分が真顔で私に聞いた。しばらく皆の顔を黙って見回してから

「あれは鹿なんですよ」と言うと

「栗岩さんも人が悪いヤ、ホントですかい?」親分も子分も半信半疑という顔で私を見た。鹿は驚いた時や警戒音を出す時、そのような大声を出すのである。

谷間に朝が来て、私達の焚き火の煙が高く高く青い空に昇っていった。谷川の水で顔を洗うと気持ち良かった。朝食のあと皆で釣り大会をやった。

「優勝した者には1万円やるぞ!」と親分が言ったので皆の目の色が変わった。

「釣りなんか初めてだ」と言う子分らの面倒を見てやらねばならず、私は釣りどころではなかった。親分はさすがに奥多摩の山村で生まれ育っただけあって釣りが上手だった。次から次へとイワナを釣り上げて、えらくご機嫌だった。タカハシはパンツ一つになり、淵に潜って素手でイワナを捕った。すっかり子供に返った彼の顔は純真そのものだった。他の連中も、都会の片隅の吹きだまりみたいなところで暮らす男達には見えなかった。優勝は子分で釣りキチのテツがさらった。

釣りのあと、イワナのてんぷらを作り焚き火を囲んで昼飯を食った。タカハシは飯を5杯もおかわりして皆に笑われた。

S03

ちょうど昼飯が終わろうとしている時だった。いきなり谷川の向こうの茂みがざわつき、木の枝の折れるバキバキというものすごい音が聞こえてきた。

「なんだ!」親分は箸をとめて私の顔を見た。

「熊じゃないかと思います」私が言うと、一瞬みなの顔が青ざめた。子分の何人かはドンブリを地面に置き、既に浮き足立っていた。その時

「ウワー、クマだ!」とトメが、必死の形相で茂みの方を指さして叫んだ。私の位置からは見えなかったが、そのあとはもう大騒ぎだった。子分達は飛び上がり、竹槍も忘れて、反対の山道の方へワーッと逃げ出した。

踏みとどまって竹槍を構えていたのは、私と親分と人形佐七だけだった。茂みの動きでクマが遠ざかって行くのが分かりホッとした。しばらくして、子分達がおっかなびっくりで戻ってきた。

「どいつもこいつも意気地のねえ奴らだ、それでも男か」親分が怒鳴ると子分達は面目なさそうだった。タカハシはネコにバシッとかっちゃかれたセントバーナードみたいに背を丸めハアハア言っていた。

私は内心、「あれは鹿だったかもしれぬ」と思ったが黙っていた。これで親分も子分達も東京に帰ってからの話題に当分困らぬだろうと思ったからだ。私達はテントを畳み山を下りた。トムラウシの部落の外れで私は皆と別れた。白い多摩ナンバーのミニバスは次第に遠ざかって行った。子分達は窓から身を乗り出し、いつまでも手を振っていた。

東京に帰って、1時間に50匹もイワナを釣ったことや山の中のキャンプの事や、夜空の星が両手でつかめるくらい凄かった事やクマのことを、奥さんや子供たちやほかの子分達に話している親分の姿が目に浮かんだ。

その後、私は1年半にわたり外国を旅し、帰国してすぐに北海道に移住した。風の噂では、タカハシは故郷の岩手に帰り百姓をやっているという事だ。人形佐七は金持ちの女でも引っかけて、いい暮らしをしてるのではないかと思ったが、今も親分の片腕として、S商事の番頭をやってるそうだ。子分の中にはその後、スーパーの社長になったのもいるし、土建屋を始めた男もいたという話だ。

落ちこぼれていた人間が一生そこに留まっているなんてのは、まっとうな生活をしてる人達の幻想である。ちなみに私はその後結婚し、今は小さなレストランを経営している。

S商事とピラニア軍団に栄光あれ!

 

この話はあくまでフィクションです。一応そういう事です。

本作は季刊エッセイ雑誌「生活と意見」第12号 2002 に掲載されていたものを加筆、修正したものです。

 

 


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