アフリカの旅 1-2

昼の12時前に電話が鳴って目が覚めた。頭の中は痺れたまんまだ。もう朝が来たのかと思った。受話器の中でサミーの野太い声がガンガン響いたので、私は12時に彼と一緒にランチを食べに行く約束をしていた事を思い出した。

エレベーターの中で「ジャンボ・ブエナ」と言ったあの長身のかっこいいボーイは、マサイ族だと自分の胸を指さしてプライドを示した。その事をホテルのレストランで一緒に食事しながらサミーに言うと、「あの偉大なケニアッタは俺の部族の者なんだ」と、さらに胸を張って偉そうにのたまった。「よく知ってるよ」私が言うと、彼は嬉しそうに笑った。その悪党めいたドングリ目玉が綻んだ。この相当なワルに違いないサミーでも、笑った時は子供みたいで可愛かった。これにみんな騙されるんだなと、私は思わずクックッと笑ってしまった。

彼が何を食うかと言うので、何が美味いんだと聞くとメニューの一つを指さした。そこには流麗な英国書体で「フライドチキン ウィズ チップス」と書かれてあった。アフリカ料理が食いたいと言っておいたのにコノヤロー!彼は「ノーノー、ディス イズ ベスト」と言い張った。「こんなモンが美味いのか」、英国料理店で散々な目にあってる私は言いたかったが、頭も体も疲労と時差でボーとしたまんまで面倒臭くなって、彼のお勧めと言うのを食う事にした。チップスはジャガイモのフライ、料理と呼ぶには程遠い代物だ。

サミーは、真っ赤な味の悪い、どうにもならんトマト・ソース(英国風)をドバーとかけて、「オー ビューティフル!」と口をすぼめてからクォーター(鳥を1/4にカットする)とフライドポテトの山に飛びついた。彼は両手でチキン(骨付き)を裂いて口に運ぶ。「食事の時はどんな悪党も善人になれる」なんて格言があったらいいかな?と私は思った。彼は早口で喋りながら、私に負けないスピードでガツガツ食べた。

馬鹿にしていたが、食べてみると肉はかたいがチキンの味は素晴らしかった。日本のチキンはなんであんなに不味いんだろうと、一発目のカルチャーショックを受けた。この地にこのような素材がある事に、私はアフリカ料理が素晴らしいかもしれない事を予感して、嬉しくなって笑った。サミーは真っ白な歯をむいて「ドーだ!美味いだろう。コイツは世界一だゼ」と、ブルースでも唄うみたいに体を揺すりながら言った。二人で笑って、料理を平らげた。そのあとティーを注文して飲んだ。

サミーはボーイにあれこれと偉そうにふんぞり返って注文していたのだが、最後に勘定書をボーイがテーブルに持ってくると「ユー ペイ!」と私に言った。コノヤロー!と喧嘩になるとこだが、私には最初から分かっていた事なので眉一つ動かさずに金を払い、ボーイにチップを渡した。

アフリカのみならず、インドでも東南アジアでもトルコでもサミーのような男はゴロゴロいて、事情は似ている。彼らは「お前は俺より金持ちだから金を払うのは当然だ」と考えるのだ。しかしながら、ケニアッタを生んだ一族の者としてのプライドもある。プライドをリカバー出来ない切なさみたいなものが、サミーの中に見え隠れしていた。しかし同情は禁物。そんな事したら骨までしゃぶられてしまう。「どっかで一線を引かなければならないな」と私は思った。

私が金を支払うと、「お前は今日は何をするか?」と聞いてきた。「何も。とにかく休みたい」と私が言うとサミーは「晩飯はどうするか」と聞いた。一緒に夕食に行く約束をして別れた。

1-2サミーは「おっともう行かなくちゃな、俺のボスはおっかないんだ」と言いながらササッと消えた。どうせ夕飯も俺の奢りになるが、安全料だと思えば腹も立たない。ナイロビの市街には乞食も多く、引ったくりはもちろん、暴行、人殺しもたんといる。そんな連中は高級ホテルの周囲をウロウロして隙を窺っているのだ。来たばかりで免疫の無い間は、サミーと一緒に行動した方がベストだ。ナイロビも経済化の荒波に揉まれ始め、そのあおりで貧民街の人口は膨れ上がり犯罪は急激に増え、白昼といえども油断がならない。

サミーのボスがやってるエージェント(旅行社)は、日本のアフリカ専門ツアーの旅行会社の下請けで、サミーは日本からやって来た「よく生きてられるネ、これで」と思えるくらい危機意識の無いトロいお客さん達相手のナイロビ市内観光や、サファリの見物案内業を生業としてるのだ。「聞いてた程大した事(アブなく)ないじゃん」と思って日本へ帰る客が大半だという。自分らの安全がサミーと彼のワル仲間によって影で守られているのに気付く者はいない。その代わり客からは頂く物は頂く、これがサミーの流儀だった。

一人で歩いてる時にあれほどしつこく付きまとった乞食のガキの集団も、サミーの顔を見るとサッと消えた。サミーが歩くと、通路の両側で隙を窺ってるひったくり屋とか、夜になると強盗団になるゴロツキ共や、わずか100メートル乗っただけなのに1000シリングもぼったくる運助タクシー野郎も、「ジャンボ・サウバ」と握手を求める。娼婦たちも同じだ。するとサミーは、相手の手の平に自分の手の平を上から叩き付けるようにして、ニカッと笑い二言三言のたまい、前に進んでゆく。茨の道を行く戦車みたいなものだ。その後を行く私はいつも奴らから握手を求められた。ここで一人で安全に自由に動き回るには、サミーのテリトリー内にいる連中に私を印象付けておくに限る。

しかし、たかられるのに任せたら骨までしゃぶられるので、この辺の兼ね合いと呼吸は難しい。しかし、長年危ない所を漂流してきた私にはその辺の勘所はわかるのだ。

サミーはカモネギ日本人観光客から吸い上げる甘い汁を時々彼らに与える事と、暴力とで彼らを束ねている男だった。サミーは日本人観光客に仲間の白タクを差し向ける。相場の2倍はタクシー料金を取ってる代わりに、安全も保障してる。そう思えば決して高くはないだろう。しかしOFFシーズンでサミーの懐も淋しいようだ。来月になったらサファリシーズンになるから、また日本人観光客も来るからガッポリ儲かるぜと、サミーは早く6月が来るのを待っているのだ。

私はルームに戻って昼寝の続きをやって、休養と体力の回復に努めた。しかし、あのサミーのボスってどんな野郎なのかと私はゴロゴロしながら思った。


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