アフリカの旅 2-1

1998年5月21日

今のナイロビは一人旅の者には物騒な所でもあるし、私には他に行くべき土地があったので早々に出発する事にした。サミーは驚いたが、帰りにまたナイロビに戻ると言うと安心したようだ。こうも早くカモに逃げられちゃたまらんというところかもしれない。

私はナイロビに戻ってもサミーには会うつもりはない。彼と一緒に行動すると、やたらと金がかかるからだ。日本人や白人は金持ち、俺(アフリカ)は貧乏だからあんたが金を払うのは当然、物をくれるのは当然という論理がアフリカではまかり通っている。長年の部族社会の伝統は未だに生きており、人々は相互扶助を大切にして生きているのだ。金持ちのアフリカ人は自分の家族のみか、親戚や郷土出身者の生活や就職の面倒まで見る。それが当たり前。だが他の社会(都市型と言うべきか)に属するヨーロッパや日本人旅行者は、こういうサミーのような図々しさに戸惑い、仕舞いには怒りを覚えるだろう。

白人や日本人(現地滞在の)はアフリカ人を怠け者で図々しく、ずるくて人の懐を自分の物と思っていると非難する。旅行者はこれらのギャップに悩まされる。私の旅も始まったばかりだが、すでにそういう煩わしさを抱え始めている。キッパリと断れば良いと思うだろうが、そうすれば彼等のプライドを傷つけるし、人間関係も上手く行かなくなる。しまいには恨みを買って暗闇で喉をかき切られたり、毒殺される事だってある。それは日常茶飯事と言っても良い。

完全なパック旅行なら、アフリカ人と絶縁しているから問題はないのだが、私のような長期間の一人旅の旅行者にしてみれば彼らと直に接しなくては旅は出来ないし、その中に旅が存在するのであるから避けて通る訳にはいかないのだ。私はサミーのような男は煩わしいが、同時に必要でもある。それがアフリカの一部であるし、それを認めねば人間関係は成り立たない。

2-1それ以上に私は南北の経済格差、ヨーロッパ人のアフリカからの搾取に怒りを覚える方だ。よく観察していると、アフリカ人は決して怠け者ではない。ただ仕事が無いだけだ。「失業と貧困」、これらが全ての悪を生む。ストリート・ギャングも悪い事をしたくてやっているのではない。娼婦だって同じだ。

私はチェックアウトを済まし、ホテルのレストランで朝食を取った。このニュー・スタンレイ・ホテルはナイロビでも一流で(1泊)1~2万円)、客はヨーロッパ人の金持ちばかりで黒人はあまり見かけなかった。道路に面した一角は一般に開放されたカフェと、ホテルのレストランになっている。そこは自由に入れるので黒人の姿もある。しかし、客は金持ちの黒人に限られる。料金が高すぎるから、慎ましい人達には縁が無い。

私はその朝食の豪勢さ(バイキングスタイル)には呆れてしまった。オムレツを注文すると、制服のコックが目の前で作ってくれた。食事をしながら、ここはケニア人の土地なのになんで白人や日本人が美味いものを食い、アフリカ人が貧しい食事をしなければならないのか理解に苦しんだ。食べ物が喉につかえた。
ディスコのバーで、隣の席にいたアフリカ青年と話をした時の事だった…。青年は黒人にしては珍しくメガネをかけ、物静かでかなり教養のある人物だった。

「知ってますか?この町の貧民達は1ヶ月1000Ksh(シリング)の金で暮らしてるんですよ」1シリングは2円だから、日本円に直すと2000円。1ヶ月2000円で暮らす、それがどんなに過酷な事であるか青年は話してくれた。今のモイ大統領は泥棒で詐欺師、人殺しなのだと彼は言った。「私が彼の前にいてピストルを持ってればすぐ撃ち殺す。シュワ!」と彼は怒りを込めてカウンターのふちを握りしめた。

ナイロビの治安が悪くなるのは当然だ。人々はその日の生活にも事欠く。失業者が溢れ、私がサミーと一緒でなければ、乞食が群がってきて満足に前へ進めない程ひどかった。スリや引ったくりやストリート・ギャングが白昼、それも街のど真ん中で犯行する。少し前まではそういう事はあまり行われなかったし周囲の人々が助けてくれたけど、今じゃ自分がやられてしまうので人々も手が出せない有様だと、あの青年は私にくれぐれも注意するようにと忠告してくれた。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

Current day month ye@r *