アフリカの旅 2-4

7時の約束の時間より少し早くジミーが来た。待ちきれなかったのだろう。下のレストランでジミーと夕食をしてから、8時頃に町中にあるディスコの一つに行った。

スタッフが入口の所に何人かいた。みな黒ズボンに白いシャツ、蝶ネクタイをしていた。目つきの悪いのもいたし、そうでない者もいた。ディスコに入る。バリ島のレギャンのディスコに似ていた。割れるような音、パンクロック系のミュージックだ。まだ早くて客はほとんどいなくて、スタッフの数の方が多かった。ジミーは踊りながら踊り場を横切り、壁際に置かれたソファーに腰を下ろす。目の前に小さなテーブルがある。ボーイが、注文した冷たいタスカビールの栓を抜いてコップと一緒にテーブルに置き、立ち去った。ジミーに聞くと、土曜日は入れ切れないくらいだと言う。平日は少ない。混んでくるのは10時過ぎくらいからで、まだ早すぎたのだ。経営者らしい親分と子分が来ると彼はペコペコと挨拶した。この辺の事情は世界共通である。

サタデーナイトに世界中のディスコが一斉に花開き、若者達が踊っている。そういう事を想像すると、画一化が世界中で同時進行しているという事をはっきりと感じさせられた。このようなアフリカの地方の町でさえ、若者達の目はニューヨークに向かって開かれている。それはTVとビデオが世界中の町や村にまで浸透している事を示す。アメリカ文化のグローバリゼーションだ。文字通り地球は狭くなったのだ。

しかし、ナクルの街から一歩出ればそうではなかった。畑の間に藁葺きの小さな人家があり、マンゴーの木陰で昼寝している者がいた。畑の中で鍬を振るう農夫の姿があった。豚や鶏が農家の周辺を走り回っていた。夜になるとランプが灯され、太鼓の音や歌声がどこからか聞こえてきた。精霊や死霊が共存する何千年の昔とさして変わらぬ生活が存在しており、そういう生活をしている者の方が都市生活者の数よりずっと多いのは一見で分かった。

2-4しかしながら地球規模の天候の異常、アフリカの干ばつは、ケニアでも他人事ではない。ビクトリア湖の水が減って、陸地が湖の中に広がりつつある。畑だった所が砂漠になって飲み込まれる。例を挙げればきりがないほどだ。それらは人々の生活を脅かしている。住めなくなった土地からは難民が流れ込んでくる。これは都市のスラム化を引き起こす。失業と貧困、人々の生活は前よりも苦しくなり、犯罪と暴力が日常的になる。平和に暮らしていた市民達は、凶悪な犯罪の増大に戸惑い怯えている。

ケニアの実権を握っているのはモイ大統領とモイの出身の少数派の一族である。本来ならばケニアで一番大きな部族で商業の実権を握るキクユ族から大統領が出てくる訳だし、それがケニアの安定を保証するが現実はそうではない。裏で糸を引いているのは、ケニアに金を貸し法外な利息と貸した金を取り立てるのに懸命な世界銀行であり、様々な思惑の絡んだ欧米からの圧力がケニアを動かしている。人々の生活はいたって貧しい。以前はのんびり暮らしてゆけたのに、今はそうではない。

「我々の生活はとても厳しい」私はこの言葉を何回となくアフリカ人の口から聞かされた。ケニア人の持ち前の明るさと優しさ、そしてのんびりした性格と相互扶助の伝統みたいなものが救いになっている。

9時になっても客が来ない。痺れを切らし、ディスコの中にあるレストランに行った。GOGO-SAFARIというレストランだった。カウンターがあって酒も飲めた。こちらは客で一杯だった。レストランの中もパンクロックの音で割れるほどだ。

踊りながらジミーは椅子に掛けた。すぐ隣のテーブルには、ジミーの友達らしい若い娘たちが3人座っていた。皆ビールを飲んでいる。こちらでは握手が挨拶だ。相手が女性の場合は、女性の方から握手を求められた時だけにする。この時はジミーが私を彼女らに紹介してくれたのだが、彼女たちが一人ずつ手を差し伸べてきたので握手して「ジャンボ」と挨拶した。ジミーを含めて全員キクユ族だった。彼らはキクユ語で話をしているようだった。ジミーにキクユ語で話しているのかと聞くと、「そうだ、よくわかるな」とびっくりしていた。

晩飯にはソーセージとチップスを食べた。その後タスカビールを飲んで、彼らと英語でとりとめもない話をした。レストランの片隅ではビリヤードをやっていた。食後、皆でディスコの方へ移った。彼らは思い思いに踊る。個性的で実に素晴らしい。

感心していると、ジミーが私を片隅の椅子に掛けさせて耳元に口を寄せ、「あの女達は娼婦でベリーバッド。お前の物を盗む。だから相手にするな。その代わり明日、俺の姉をお前にあげる。ノープロブレム」と言った。ジミーの正体は、これで私にもはっきりと分かった。再び危険のシグナルが私の中で点滅し始めた。俺の姉をあげるという事は、彼の姉も娼婦、同類だ。そしてジミーはポン引きをやってるという訳だ。

3人の娘は私が日本人だと分かると、あの手この手で私に取り入り、モノにしようとモーションをかけてきた。しばらくしてジミーがキクユ語で何かを言うと、彼女らもせっかくのカモを目の前にして残念という顔で私を見た。日本人は、アフリカでは肌が白い事と金持ちである事、金払いが良い事もあってやたらと持てるとは聞いていたが、これ程とは思わなかった。ジミーは彼女らを脅し私を諦めさせたに違いない。そして姉(本当かどうかわからないが)を私に押し付け、甘い汁を全部自分の物にしようと考えているのだろう。

例によって、食事やビールやディスコ代は全部私に払わせる。安全料にしては高すぎるので文句を言ってやったが、「ユーアーリッチ、アイアムプアー」を繰り返すだけだった。私はうんざりしてきて「もうホテルへ帰る」と言うと、もう一軒いい所があるからそこへ行こうと言い出した。私が怒ると、彼もカモに逃げられたら困るのでホテルまでタクシーで送ると言った。

私は、明日の朝ここを立ち去る事を心の中で決めていた。ジミーなんかと付き合っていたら、これからもどんなトラブルが出てくるか分からないからだ。それに、彼はかなり見かけより性質が悪いので早く分かれた方がいいと思った。しかし私が明日の朝出発する事を知ったら、しつこいジミーの事だから色々な妨害に出ると考えられる。それで私はその計画をおくびにも出さず、「じゃあまた明日な、今日は楽しかったよ。俺は疲れているから朝は来ないでくれ。昼に来いよ。一緒に下のレストランでランチを食べよう」と彼に言った。明日の12時に来ると言って、ジミーは酔っぱらって大きな声で唄いながら帰っていった。

私は明朝にすぐ出発できるように荷物をまとめ、ドアにしっかり鍵をかけてベッドに入った。


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