アフリカの旅 3-3

夜9時頃に一人でレストランに行った。昼間行ったニュー・ビクトリア・ホテルへ行く道路は人通りが淋しいのでやめた。人通りの多い道を歩いてゆくと、広場から右手に少し入った所にレストランがあった。珍しくセルフサービス式のレストランで、客の入りはまあまあだった。

私は料理を指で示して皿に盛ってもらった。セルフサービス式かと思ったら、ウェイターが席まで運んでくれた。何となく妙ちくりんな感じがした。こういうのがここではナウイんだろうなと思うとおかしかった。このレストランには珍しくカラーテレビが置いてあり、ディスコミュージックのビデオが上映されていた。見ていると、黒人でも金回りの良さそうな若い客が多かった。たまに白人のバックパッカーもまじっている。ニュー・ビクトリアに比べると味は落ちる。しかし一人で来て食べるには気兼ねしなくて良かった。

子猫が膝に乗ってきて食べ物をねだった。肉を分けてやると少しずつ食べた。アフリカで猫を見たのも初めてだった。犬や猫はあまり見かけない。

帰りに広場の屋台でコーヒーを飲んだ。屋台はどこでも同じ、シンプルだ。低い長椅子に腰かけて、涼みながら飲むコーヒーは美味しかった。キンマの実をつぶしたものが入れてあるらしく、スパイシーだ。奥さんと旦那と娘の3人で営業していた。一杯10シリングだった。ちょっといいホテルだと70シリングは取られる。

普通の庶民は、こんなところでコーヒーを飲んだり揚げパンを食べたりしている。レイクビューホテルの隣には小さな店が軒を連ねている。ホテルの真横の、間口一間くらいの店ではサイダーやコーラ、揚げパン、タバコ等を売っており、店の前には腰掛けれるように長い椅子が置いてあり、近所の子供や兄ちゃんがそこで一日を過ごしていた。そこには会話があり、人との触れ合いがあり、人間にとって大切なものがいつもあった。喧嘩すれば人が割って入り話を皆で聞いてやる。悪い事をすれば周囲の大人が注意している。そんな光景は、今の日本には遠い過去の物となってしまった。

その一軒隣はバーで、大人の集まる所だった。70年代のジュークボックスが、そこでは生命を保ち現役で廻っていた。曲は新しいものも結構あった。最近のアフリカンミュージックのドーナツ盤が市場に売られているのかもしれない。CDとは無縁の世界があった。

人々はカメラを持つものがほとんど(金持ちを除いて)いないので、私がカメラを持っていると、写してくれとせがむのだった。この人々には写真を送ってあげたい。私は過去の世界に旅しているような感じがし、何故か涙が出た。「失われた世界」のあまりにも豊かで優しい事に気づき、そしてもうそれが帰ってこない事を悲しむのだった。

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