アフリカの旅 7

1998年5月26日

お昼近くに私、アン、アンの弟、ジョイの4人でマドゥンゴへ行った。アンの手配したマタトゥが外で待っていた。30年くらいは使い古したような、何製だか分らぬ車だった。それでも、途中で故障する事もなく20分くらいで小さな部落を抜け、ビクトリア湖岸のマドゥンゴに辿り着いた。

雨が降ったらすぐに走れなくなるような赤土の道をずっと走って来て、急に開けてビクトリア湖の水面が前に広がるのを見た時は感動した。これが、長い間謎とされたナイル川の水源であるビクトリア湖なのかと、私はしばし感無量であった。

アンやジョイは、私の感傷などとは無関係にキャーキャー騒いでいた。アンの弟は「そうです。これがビクトリア湖、ナイルの源です」と真面目に説明してくれた。彼はハンサムでなかなかの好青年であった。この弟に会って、私はアンを信じる気持ちになれた。ずっと今まで抱いていた不審の念が消えると、すっかり気分が明るくなり心から楽しむ事が出来た。

入園料をアンが払った(1000シリング)。中には水上公園があり、レストランとキャンプ場があった。レストランはインド人が経営しているようだった。少し行くと水辺に木製の川舟が舫ってあり、船頭が「乗らないのか?」と声をかけてきた。

アンとジョイは舟を怖がり、アンの弟と私で行く事にした。私達が舟に乗るとアンも乗る気になって、彼女はおとなしいジョイを強引に誘って結局皆で舟に乗って湖の中に漕ぎ出した。2人の舟子が舟の前と後でパドルを使って舟を進める。1種のカヌーで、頑丈な厚板で作られていた。

「この辺にカバが棲んでいるんだよ」とアンの弟が教えてくれた。岸辺には分厚くパピルスが生い茂っていた。動物園でしか見た事のないあのヒッポ(カバ)が本当にこんな所にいるのかと思った。日本にもこんな風景ならあるので、そこにカバが棲んでるとは私にはどうしても思えなかった。出くわしたら、信じるしかない。

7少し沖に出ると風と波が強くなり、アンとジョイと弟の3人がキャーキャー言って怖がり始めたので岸の方へと引き換えした。しかし久しぶりに広い水面に出て、気分は最高だった。上陸すると、アンは子供みたいにジャンプして喜んだ。もう大丈夫、安心という訳だ。私は、アンが悪い事をする女とはとても思えなかった。何故あのイギリス人と黒人の紳士はあんな事を言ったのだろうかと、訝しく思った。

その後、私達はレストランに行き弟と私はタスカビール、アンとジョイはスプライトを飲んだ。昼食はこの湖で取れるテラピアを食べる事にした。テラピアの空揚げにマッサラソースをたっぷり掛けた、あのインド料理だ。弟はワリ(ライス)を頼まずウガリにし、私にも食べさせてくれた。

食事が出来るまでの間、アンと弟は鳩笛の吹き方を教えてくれた。両手をうまく組み合わせて穴に息を吹き込むと、鳩笛の音が出る。「これは信号に使うんですよ。逃げろ!という時はこう吹くんです。集まれ!という時はこのように吹く…」と、アンの弟は根気よく教えてくれた。

茫洋としたビクトリア湖の水が足元まで来ている。レストランで、それも庭で食事するのは気持ちよく、いつになく美味しく感じた。パピルスは岸辺だけでなく沖合にも漂っていた。それは集まって小さな浮島を形成している。それが湖岸の風景に一つのアクセントを与えている。

ビクトリア湖は昔から貿易通商に重要な役割を果たしてきた。船を使用する事により、大量に物資を運ぶ事が出来た。ケニヤ、ウガンダ、ザイール、タンザニアを結ぶルートが湖上に沢山ある訳だ。湖と言うよりは海のように広い。この湖はまた水産資源としても重要なものである。テラピアをはじめ、大きなナマズや名前も知らぬ巨大な魚も獲れる。沿岸には漁民の部落もあるし町もある。始めてビクトリア湖を発見したリビングストンは、その想像もつかぬ大きさに茫然としたに違いない。ナイル川の水源である事が確認された時は、ヨーロッパにセンセーションを巻き起こした。

食事を終えて湖岸を散歩していると、さっきのタクシーが迎えに来た。部落の中を通る。藁葺きの小さな粗末な家、電気はない。マンゴーの木の下では女たちがゴザを編んでいた。ニワトリやブタやヤギが勝手に歩き回っている。のどかな風景だ。絵心をそそられたが、アンは仕事があるので帰らなければならないと言うので諦めた。

ホテルに戻ってから、湖岸のスケッチの仕上げをした。そのあと少し眠った。

夕方になると風が再び吹き始め、強くなって激しい雷雨となった。あそこでグズグズしていたら、道がぬかるんで帰れなくなっていたと思う。窓から下の方の道路を見ると、すでに川となり、濁流がゴミを押し流していた。慌てふためいて逃げ惑う人の姿も見えた。しかしほとんどの人は、雨が止むまで軒下や店の中でのんびりと待っている。ポレポレ精神じゃなきゃ、とても神経が持たない。これでは約束の時間に約束の場所にピタッと着くのは難しい。

アフリカ人は約束を守らないと言うが、守れない事情が色々あると察した方が正しいのではないかと思った。

しばらく居ると、その国の事情とか人々の事情とかが私にも少しずつ分かってきた。


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