アフリカの旅 8-1

1998年5月27日

6時頃に目が覚めた。今日は朝から、ジョイとアンの弟と私の3人でカカメガの町へ行く事になっている。

食堂で新聞を見ると、ナイロビでの誘拐事件とナイバシャでの強盗殺人事件がまたもや大きく載っていた。ナイバシャの町外れの農園主(白人)が襲われて自宅で殺され、金を奪われた事件。それと交通事故。キスム~ナイバシャ間の国道でマタトゥ(乗合自動車)が川に落ちて4人が死んだと、大きな写真入りで報じられた。

一人でケニヤを旅している私にしてみれば、いつ交通事故に巻き込まれるか、いつ金銭目当ての誘拐や強盗に襲われるか他人事ではなかった。その時の状況で、治安の悪い安宿に泊まらなねばならない事もあるし、マタトゥも利用しなければならない。世界で一番安全な国から最も危ない国へやって来て一週間、私は身の危険をひしひしと感じている。さっさと切り上げて日本へ帰りたいという気持ちと、せっかくここまで来たんだから時間の許す限りアフリカに居たい、どっぷり浸かりたいという気持ちが絶えずせめぎあっていた。

それにしても、アンは何かを企んでいるようにも思えた。私がアフリカに来たばかりで、約一ヶ月近くアフリカを旅する予定である事、だから私がまだ金を十分に持っている事を知っていたし、私が小さなレストランを経営している事、アフリカには他に知り合いがいない事を知っている。私を金持だと思っている。だから、殺し屋を雇って私をどこかに連れ出し殺してしまえば全部を手に入れる事が出来る。私が持っている金は彼らにしてみれば一財産だから、それだけのリスクがあってもやる価値がある。

私はそれを馬鹿げた考えだと思うが、同時にそういう危うさは否定できなかった。それがアフリカの現実なのだ。それはアンを信じ切れるかどうかという問題でもあった。アンは私に平気で売春婦を世話してあげようかと言っていたし、暴力団とつながっている可能性もあった。あの女は悪い女だから十分気を付けるようにと泊り客から忠告も受けていた。

しかし、昨日カヌーの上で子供みたいに大騒ぎしてはしゃいでいたアンが、そんな怖い事を企んでいるとは考えにくい。アンの弟にしてみても実に気持ちのいい学生で、私に両手を組み合わせて鳩笛のように鳴らす方法を根気よく教えてくれた。ジョイにしてもある程度の教育(カレッジ卒)を受けており、おとなしい娘でとてもそんな悪い事に関係するようにも思えなかった。

私はノイローゼになっているのかも知れなかった。私は彼らと一緒にカカメガに行った先で何が起こるか不安であった。ここのホテルのオーナー(アンのボス)がどんな男か知らなかったら、彼らの生活やレイクビューホテルの界隈の下町的雰囲気が気に入っていた。私はそれをどうしても絵にしたくてスケッチに取り掛かったばかりだったので、そこを立ち去るのは未練があった。しかし、ここで消されてしまうかもしれないという漠たる恐怖心が私を捉えて離さなかった。

彼等と付き合い始めてまだ一週間足らずだった。黒い顔の裏側に何が潜んでいるか分からなかった。彼らの心が読めなかった。

8-1私は、彼らが私にたかってくるのを別に嫌とは思わない。アフリカでは、金を持ってる者が金を払うのは当たり前の事で、それはアンに限らず他のアフリカ人も同様な考え方を持っているのだ。私が行くレストランはメインディッシュが一皿200シリング(400円)位だ。アン達と食事に行けば、当然私が払わねばならない。それはここの習慣だからだ。だがそれを理解できなければ、「こいつらはなんて図々しいんだ。俺の財布を自分の財布と思っていやがる」と頭に来るのが当然だ。

しかし、一皿200シリングもするような食事はアン達には高価すぎてたまにしかありつけない。そしてまた、私は一人で食事をする味気なさを嫌という程知っている。アン達は何が美味しいかよく知っており、会計が誤魔化されない様に領収明細をチェックしてくれるからボラれる事もない。そしてまた、一緒に料理の話をしながら食事をする事のなんと素晴らしい事か。だから、彼等は私を利用してるが、私も彼らを利用しているわけである。彼等は私を利用しているなんて考えないようだ。むしろ、アフリカ料理の美味しい店に皆で行って楽しく過ごそうよ、という気持ちなのだ。

だが一般の旅行者は、自分ばかり金を払わされて不愉快だ、というレトリックに嵌りやすい。そしてアフリカ人を嫌うようになり、蔑むようになる。しかしながら、払える金額の部分はジョイやアンが払っている。

昨日ビクトリアレイクの湖岸にアンとジョイとアンの弟と4人で行った時には、タクシー代と食事代は私が払った。タクシーは往復で1000シリング(2000円)、食事代は全部で1500シリング(3000円)位だった。1000シリングという金で1ヶ月生活をやり繰りせねばならぬ人々が沢山いるという事を考えれば、それは彼等には払える金額ではないという事がわかるだろう。アンはその代わり、ボート代(50シリング)と入園料(75シリング)を払った。為替差という事を考えれば対等で、私が余分に払わされている訳ではなかった。そう考えれば、彼女らは出鱈目に私に支払わせている訳ではないのだ。そして彼女が交渉しなかったら、つまり私が交渉していたら、2倍は間違いなく取られただろう。もっとボラれたかも知れない。一人で湖に行くのは強盗の危険もあった。

それでも、心の中はアンが何かを企んでいるかもしれないという事と、アフリカ自体に対する漠然とした恐怖感が支配的だった。レイクビューホテルの客と朝食の時に食堂で話をしていて、たまたま今日のニュースに出ていた誘拐の話になると、彼等は真顔になってこう言うのだ。

「あなたはもっと気を付けるべきだ。彼等を信じるのはとても危険だ。もっと慎重になれ、いいね!」

旅行者も結構被害に遭ってるし、殺されてしまう場合もあるのだと言った。これが私の恐怖心に火をつけたのだった。旅の相棒でもいれば心強いが、私はこの広大なアフリカの中で独りぼっちだった。アンとその友達さえ信じられないでいた。


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