アフリカの旅 11-1

1998年5月31日 日曜日

この10日間が数ヶ月の長さに感じられる。次々に起こる事件や問題、それらを乗り越え、時には逃げかわしながら日々が過ぎてゆく。いい気になってウカウカしていれば、身ぐるみ剥がされるか消されてしまう。

私は一匹の野獣になりつつある自分が嬉しくもあった。それは下川に定住してから私が失ってしまったものだ。雨風にビクともしない家と安全平穏な生活、その中で私の本能は眠ってしまった。今それが再び息を吹き返し、牙を研ぎ始めたのを感じる。

何人も信ぜず、仲間だけを信じる。自分の本能に耳を傾け、逃げろと言う時には素早く逃げるのだ。決してモタモタしてはいけない。私はキスムを逃れた時は、アンを信ずるより自分の本能を信じたのだ。

旅の仲間がいればと探してるが、皆無だった。旅行者はサファリに行ってしまうのだ。私のようにアフリカをただ彷徨っている人間はいない。ほとんどの若者はアフリカ人と絶縁し、危険とは関係のない旅に走る。何のためのアフリカかと思う。自然公園の中をチャータージープや冷房付きバスで集団で旅していては、アフリカに肌では触れられないだろう。

私はマタトゥ(乗合自動車)に乗り、乗客と握手したり、話をしながら一人で流れてゆく。危険もあるが、アフリカの確かな手触りも伝わってくる。高級ホテルに泊まっていても、横丁のバーにもぐり込み客と話をする。掘立小屋みたいな茶店に入り、1杯5シリングのチャイを飲み、マンダジを食べる。服はわざと作業ズボンをはき、使い古したコーデュロイのシャツを着て、日本人や金持ちに見えないようにカムフラージュしている。デイパックは持たない。それは身の安全のためだ。カメレオンだって変身するのだから、そのくらいの注意は必要だろう。

歩く時は常に、後ろから誰かが尾けてないか時々確認している。隙を見せない。夜でも昼でも人通りの少ない所は避けている。安全な町か危険な町か、長年危ない所を通ってきた私には臭いですぐ分かる。知らない店に入る時は、入ってみてヤバイと感じたらテーブルに着かないで、そのまますぐに店を出る事だ。そんな所に長居したら碌な事はない。常に相手の目を見て行動する。これも大切な事だ。何かを相手が企んでいれば、それで嗅ぎ取る事が出来る。疲れたら休む。疲れていては正常な判断も迅速な行動も出来なくなるからだ。野生の動物だってこのくらいの用心はしている。

ここはアフリカだ。安全と水はタダではない。何が起きてもおかしくはない。それがここでの常識なのである。

このナイバシャは比較的安全な町だと感じた。私の泊まっているケンバシホテルもガードはしっかりしている。私は腰の怪我が良くなり、再びリュックを担いで歩けるようになるまでこのホテルで静養する事に決めた。それがベストだからだ。日記(というよりは手記だが)を書いたり、絵を描いたり、手紙を書くには丁度いい。それに移動の連続で休まねばならない時期だ。しかし残念な事に、これでウガンダのマーチソンフォールズ(神秘的な滝。ナイロビからのアクセスが遠いのと大変なのとで、行く人はあまり多くない))へ行くのは諦めざるを得なくなってしまった。次のチャンスを待とう。

11-1私は計画を練り直した。計画と言っても、その時その時の状況で変えてゆくので計画とは言えないかもしれない。今度の旅を、前半を人に会う旅、後半を自然と動物に会う旅という風にアレンジした。

私はこのナイバシャのホテルに8泊しなければならなかった。しかし、毎日さまざまな出会いがあって退屈はしなかった。私は人間と町に興味があったからだ。

どこの国でも人々の生活は同じ側面を見せる。貧しい人々は厳しい生活と闘っている。金持ちはどこでも同じだ。贅沢している。人の事は考えない。しかしながら金があれば幸せかと言えば、見ている限りでは一生が幸せであるという保証はどこにも無い。死別や裏切りや離婚や、子供とのトラブルや人間関係の圧力、それは金持ちも貧乏人も避けて通る事が出来ない。あまりにも満たされた生活が続けばアンニュイに悩まされる。

私は大学を出てから、様々な職業を転々とした。肉体労働もやったし行商もやった。社長の秘書もやった。旅と音楽と絵画への情熱が私を支配していた。ポケットに100円しかないという事もしばしばだった。それは自分の選んだ道だから、楽しむ事も出来た。苦しくても我慢できた。しかしながら、ここにいる人々は貧乏が必然であり、選択の余地が無かった。

ナイバシャは乞食が少なく、本来は乞食になる人々も物売りをして何とかしのいでいる。乞食は子供と老人しか見なかった。駄目だと手を振ると、すぐ諦めてしまう。インドの乞食のようにしつこくない。乞食は一回外出して通りをブラブラしてホテルに帰ってくる間に一人会うかどうかという少なさで、私は驚いている。出会えば大抵50シリングくらい上げる。50シリングあれば取りあえず飢えからは救われる。安食堂ならチャイが5シリング、マンダジ(揚げパン)が10シリングくらいだ。チャイは大きなカップにたっぷり入っている。マンダジはかなり大きく、1個でお腹はふくれる。私が自分のホテルで食事すると300シリング位は取られる。

 

アフリカ料理: 一回の食事を50シリングで済ませる人、サラリーマンは100シリング位で済ませる。私がしばしば行く安食堂ではニャマ・チョマ(焼肉)と大きなチャパティで70シリング、チャイが10シリングというところ。カランガ(ジャガイモと肉のトマトスープ)とワリ(ライス)が80シリングである。そしてまた、ここの方がホテルよりもずっと美味しかった。

イギリス料理: ホテルのイギリス料理は単調でノースパイシー。とにかく英国式料理の見本みたいな代物でちっとも美味くないのだ。フォークやスプーンが全部で10本くらい並べられる。ボーイが来て恭しくオードブルを下げ、メインディッシュを持ってくる。ただそれだけだ。豪華な食器やシャンデリアのある豪華な食事、テーブル、いす、ボーイの仰々しいサービス。それらを取り除いたら何もない。ここのティーは安食堂のチャイの価値もない。


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