アフリカの旅 14-2

小鳥の鳴き声で目が覚めた。テラスに出て椅子に腰かけ、タバコを吸った。湖面が陽に照らされて光っていた。

桟橋があり、様々なボート、数隻のヨットが舫ってあった。黒人がボートの修理をしていた。絵になるが、アフリカではなかった。私は描こうと思わなかった。

私は腰を上げ、鍵を掛けてから木立の中をレストランに向かった。2階が作りかけだが、営業している。待ちきれんのだろう、と思った。アフリカじゃ、いつ完成するか分からない。広いコテージ風の立派な造りで、半分は半円形に突き出た屋根付きテラスだった。

私は籐製の椅子に腰掛け、湖を眺めた。ボーイがやって来て、何にするかと聞いた。まだ少年だった。愛想は良いが、狡そうな目をしている。私はメニューを見て、サーロインステーキwithチップスを頼んだ。ここも英国式だった。片隅にはどこのパブにもあるダーツの的があり、バーテンがグラスを磨いていた。私は少年を見て、値段をよく聞いてから注文した。ティーを持ってきてもらい、飲みながら文章を書いた。

一時ほどして料理がテーブルに運ばれてきた。珍しく肉が叩いてあり、柔らかくしてあった。が、パイナップルに浸け過ぎた肉のようにブヨブヨしていて美味くはなかった。しかし、腹が減っていたので全部食べた。

少年は、私が1000シリング札を出すとどこかへそれを持って消えた。20分ぐらいは現れなかった。私は手記を書いて時間を過ごす。苦にはならない。そのうちつり銭を持ってきた。100シリング少なかった。そう言うと、少年はしぶしぶ100シリングよこした。「なかなかいい根性してる」と思った。私は少しばかり不愉快になり席を立った。

湖岸をブラブラした。所々にテントが張られ、白人の姿が見えた。まだオフシーズンなので数は少ない。そのうち大きなトラックがやって来て停まり、運転手が芝生の上に降り、ペタンとひっくり返ってじっとしていた。よほど疲れていたのだろう。サファリ会社のトラックだ。20人くらいの白人の若者がキャンピングカー仕様のトラックからワラワラと出てきて、自分たちのテントの設営に取り掛かった。他の連中は晩飯の支度にとりかかった。夜になると、そこには火が焚かれ、サファリキャンプの若者たちが食事をしていた。

私は歩いて、マタトゥで通りかかったすぐ近くの部落に行ってみた。部落と言うよりはマーケットと言った方が正確で、掘立小屋みたいな店が立ち並び、露店の差し掛け小屋がひしめいていた。そこでは焼トウモロコシを買い、一粒ずつ齧りながら歩き回り、写真を撮った。トウモロコシは硬いが美味かった。岩塩が振りかけてあった。人々は皆振り返って私を見ていた。

こんな所に来る白人はいない。昔のヒッピーは平気でこんな所に来たし、無線旅行者もそうだった。私は無銭旅行している時はいつも安食堂かこうした露店の中にある一膳飯屋で食事した。だから平気だし、こういう場所が好きだ。しかし、今の旅行者は金に余裕があるせいか、危険の臭いを嫌うのか、汚いのが嫌なのか、このような場所に来ない。

私はアフリカを旅行していて、一度もこうした場所で若者を見なかった。テラス付フランス料理店のような所、もしくはフィッシャーマンズ・キャンプみたいな所でしか彼等を見なかった。それだけアフリカ人と接する機会もないし、接触したくはないのだろうと思った。少し寂しかったが、時代が時代だからと思った。アフリカ人と接していると、嫌でも考えざるを得ない。ギャップも大きいし、カルチャーショックもひどい。そこから逃げて「どーでもいいじゃん、楽しければ」で済ませてしまう事に危惧を覚える。せっかくアフリカに来たのだから、肌でアフリカに触れたらいい。動物ばかり追っかけ回すのはどうかと思う。

スーツを着た黒人が、ラウドスピーカーで何かを喋り、唄っていた。人々は仕事したり突っ立って聞いている。説教だろう。夕暮れが近付いてきた。道路の上を人々が帰宅を急ぐ。キャンプ場の外には普通の生活が転がっていた。

私はフィッシャーマンズ・キャンプに戻り、バンガローの鍵を開け、灯りをつけた。蚊が多いので蚊取り線香に火を点け、テラスでタバコをふかしてボンヤリと一時を過ごした。

その後でレストランに行った。例のボーイに、ベジタブル・スパゲティーとチップスを頼んだ。シーズンでもなければ流行らんのだろうな、と思いながら、私の店の事「モレーナ」を少し懐かしく思った。残してきた妻やチャーリーの事が気にかかる。腰の痛みはかなり酷い。ボルタレンが切れてきたからだ。もう薬は無いし飲んでない。

1時間ぐらい後にやっと料理が来た。凄まじい味のスパゲティーが一皿で、ここではなんと200シリングだ。チップスが60、タスカビールが70、ティーが40シリングだった。こんなもんかと思いつつ、諦めて食った。勘定を見ると、スパゲティーが220になっているのでどうしてだとボーイに聞くと、チーズを入れたからだと言う。「チーズを入れてくれと言った覚えはないよ」と私が言うと、「アイドントノー」とボーイは言った。ふざけた野郎だ。昔の私ならその場で喧嘩だが、今は大分気が長くなった。その代わりチップはやらなかった。しかしながら、キャンプに来る若者達も財布の紐は固く、ここでせいぜいビールを飲み、テレビを見るくらいなものだ。ミュージックビデオがほとんどだ。私のような単独者はいなかった。

私はバンガローに戻り、懐中電灯を用意して岸辺に行ってみた。夜になると、岸辺にキャンプ場の灯を求めてカバがやって来るからだ。夜間撮影は危険だからしないようにと言われた。こんな所にカバがいるのか、私には半信半疑だった。しかし、植物を見ている限りではアフリカ固有の見た事もないものがいっぱいあったので、動物とて同じだろうと思った。

結局カバは見れず仕舞いであった。沼地を思わせる岸辺の風景は夜になると不気味で、何者かがそこに潜んでいても不思議はなかった。私は疲れを覚え、ロッジに戻り、する事も無いので眠った。

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