アフリカの旅 16

1998年6月6日

朝シャワーを浴びているとジョルジュが来て、「飯食ったらすぐ出発しよう」と言った。私は彼について病院に再び行った。

結構待たされたが、10時頃にレントゲン技師の青年が来て写してくれた。

服を脱ぎ、手術の時に使う服を着せられ、大きな台の上に乗せられ写真を撮られた。レントゲンの機器は日本製だった。こんな所で日本製の機械に会おうとは夢にも思わなかった。「島津 SHIMAZU」とネームプレートに金色で打ち込まれていた。私より古そうだ。「こいつは丈夫で何年も使い古してるが何ともないよ。君は日本人か?」と技師は聞いた。そうだと言うと「日本人に初めて会った」と彼は言った。

外ではジョルジュが心配顔で待っていた。撮影したフィルムを技師が見て「君の背骨は随分と頑丈だね。何ともなってない、大丈夫だ。ただ、日本へ帰ったら診てもらった方が良い」と説明してくれた。脊椎の下から2番目の骨に多少異常があると彼は言った。これは、今度の事故とは関係なく長い間に変形してきたものだと言った。普通はこうで、君のはこうだと細かく説明してくれた。とにかく、背骨は壊れてなかったのだ。私はホッとして胸を撫で下ろした。するとこの痛みは、そのうちに治まる訳だ。

16ジョルジュは昼近くまで仕事をサボって(?)付き合ってくれた。一緒にホテルへ帰った。スタッフの皆は心配して大丈夫でしたかと聞いた。「背骨はイカレてなかったよ。OK」と言うと、我が事のように喜んでくれた。

昼飯は、前に行った例のアフリカ料理店で食べた。ここのフライドニャマ&チャパティは抜群に美味いのだ。肉をフライして、玉ねぎ、トマト、チリの微塵切りとフライドベジタブルが添えてある。チャパティは油をつけて焼いている。全粒粉を使用しており、一枚で十分な量がある。実に美味い。ここのカランガ、ワリも美味い。カランガというのは、肉とジャガイモのトマトシチューと思えば良い。ワリはスチームドライス(ごはん)の事だ。

ホテルの英国スタイルの料理は私の憂鬱を誘う代物だ。ボルタレンを飲んだ。ホテルに戻って眠った。よほど疲れていたのか、よく眠った。

起きると午後4時だった。起きだしてラ・ペール・インに行き、道路に面したテラスでティーを飲んだ。ここの料理はフランス風で、アフリカ人の金持ちや白人がやって来る。御多分に漏れず、美味くない。値段は私のホテルよりも高い。だから、私はティーしか頼まない。

ここのテラスにいると、アフリカンの通行人が横目で見ながら通り過ぎる。色々な顔、色々な人間が通り過ぎ、あるいは立って話している。人物観察も面白いものがある。黒さもまちまちで、本当に真黒な者もいる。実に黒いので、ドギマギしてしまう程だ。ルオー族かも知れない。ルオーには非常に色の黒い者がいると聞く。

とにかく、ケニヤには48の部族が共存している。そのうち、一番多いのがキクユ族。マウマウ団からケニヤの独立まで、このキクユ族がリードした(ケニヤッタはキクユ)。しかし、今大統領になって国を治めているのはモイ、この人は少数派のカレンジン族だ。最大部族のキクユ族からでなく、少数のカレンジン族から大統領が出ている事に問題の根がある。カレンジン一族の支配の背景にはヨーロッパやアメリカのマネー、世界銀行の差し金が見えている。ルワンダのフチとツチの抗争の悲劇は、ケニヤにとっても無縁の事とは言えない。

晩飯をそばのアフリカンレストランで食い、夜間撮影(危険なのでフラッシュは焚かない)を少しやってからホテルに帰り、早めに休んだ。


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