アフリカの旅 18-2

両替を済ませてぶらぶら歩いて行くと、乞食のような男がいた。後姿なのでよくわからぬが、日本人らしかった。

私は思い切って声をかけた。「あの、日本の方ですか?」と言うと、その男がくるりと私の方を向いた。日に焼けてはいるが、間違いなく日本人の若者だった。それにしても、何日も風呂に入ってないらしく凄まじかった。ロングヘアーにサンダル履きだ。どことなく、ドテ・カボチャスの木下君に似てた。私は彼としばらくそこで話した。旅に出て10ヶ月になると言う。

どこかで一緒にお茶でも、という事になりエムバシイ・ホテルの近くのチャイショップに入った。私も若い頃は、こんな格好で旅してたのだ。中近東を旅した時は2ヶ月か3ヶ月くらい風呂に入れなかったから、凄まじかったと思う。私は昔を思い起こし、懐かしかった。

「昔の方が今よりは情報が少なかったし、円が弱かったから大変だったでしょう」と彼が聞いた。
私は「必然さ。苦しいとも思わなかったよ」と答えた。…確かにそうだった。情報はほとんど無く、手探りの旅だった。血を売って旅をしてる奴もいた。

「今はそこまではしないですよ」と彼は言った。最近の若者と言うけど、彼のような旅行者もいる事に喜びを覚えた。
「今またブームなんですよ、サルガンセキとか」と彼は言って笑った。
「フーン、そうなのか」と私は苦笑した。

「中国からインド、そして中近東を歩いてイスタンブールまで行き、ヨーロッパに行くかアフリカに行くか迷ったけど、アフリカにした」と彼は言った。イエルサレムの町の話をしてくれた。
「あそこはそれこそ半径1キロもない街の中に、ユダヤ教とキリスト教と回教3つもあるんですよ。とにかく、揉めない方がおかしい。ユダヤ人と回教徒が話をしたり握手をしているのを一回も見た事が無かったんですよ。中央にゴルゴダの丘があり、ガリラヤとかソドムとか聖書に出てくる土地が至る所にあり、キリストが十字架を背負って転んだ場所の教会とか、キリストがオシッコした場所とかキリストに因んだ協会がやたらに沢山あるんですよ。ホントびっくりしますよ」と、乞食同然の彼は言った。

「そのくらい凄いと、乞食も寄って来んだろうね」と私が聞くと、
「さすがに寄って来ないですね、逆にもらっちゃったりして…」と彼は言って笑った。どことなく笑顔が山頭火風だ。

「それからどこへ行ったの?」と聞くと彼は、エジプトに行き居心地がいいのでしばらく居た後、エジプトからエリトリアという国まで飛行機で行ったんだと話してくれた。
「僕がエリトリアから国境を越えてエチオピアに入って2日目に戦争がおっぱじまってね。国境は閉鎖、もう少しブラブラしてたらエチオピアには入れなかったですね」
「エチオピアはどうでした?」
「物価も安いし面白かった。こっちは高いですねー。僕は無銭旅行者だからこたえますよ」「とにかく、エリトリアとスーダンとエチオピア、この国はお互いに仲が悪くて大変でしたよ。スーダンはビザがまず下りないですね。だから諦めたんです」
「その後は?」
「ウーン、エチオピアの南の国境モヤレからケニヤに入ったんですよ。このモヤレからマルサビットを経てイシオロまで、何も無いんですね。トラックをヒッチして、二晩をトラックの上で過ごしましたよ。星がキレイだったなー。昼間になると、キリンやシマウマが見えたしガゼルとかもいっぱいでね」と話してくれた。イシオロは、ナイロビからマタトゥで2日はかかる北の町だ。その向こうには何も無い。彼は、その何も無い所からケニヤに来たのだった。

「これからどこへ行くの」と聞くと
「タンザニア。アフリカ終わったらバンコクに飛んで、タイとかカンボジアとかベトナムを歩いてみたいですね。その後中南米に行きたいけど、そんなに金が続かんだろうな…」と言って彼は笑った。

18-2「若い日の旅」 それほど楽しく、また哀しくて希望に満ちたものは無い。私は青年が羨ましくもあったし、また、かつてその青年の如く行動したから羨ましくもなかった。でも、あんな旅はもう出来ないだろうと思うと淋しかった。

「日本に帰って北海道に来る時はぜひ遊びに来て下さい」と私は言い、彼に「モレーナ」の名刺を渡した。一緒に昼飯を食い、そして別れた。金は私が出した。当然だ。私は青年の無事を祈った。

私はホテルに戻り、シャワーで汗を流してから眠った。

3時頃に起き、再び町に出た。フィルムとポストカードを買い、それからアートギャラリーに行った。

あのニュー・スタンレイ・ホテルの後ろに、WATATU(ワタツ)という有名なギャラリーがある。アフリカ人の絵には興味を覚えた。感覚の差というものを感じさせられた。造形や色彩の自由さ、野性を感じた。私は背筋がゾクゾクした。フーン、すごい!!という感じだ。係の若い女性が来て、明日からガーナの画家たちの絵を展示するから見にいらっしゃいと言ってくれた。私は「見に来る」と言ってそこを出た。

その後、コーヒーショップで手紙を書いた。

泣き出しそうな空だった。私は人ごみを縫ってホテルに向かった。ホテル近くの、小奇麗な今風(マクドナルド風)の店に入ってみた。時計は5時を回り、オフィス帰りの女の子が多かった。もちろん、それ目当の若者も多い。私はそこで早めの夕食を取った。ホテルのレストランは不味そうだし、隣のアフリカレストランはもう店を閉めちゃったし、あの怪しげな焼肉ハウスも行きたくないし、雨も降りそうだ。

私はチャイとマッサラ・チップスを頼んだ。これはフライドポテトをカレーソースでちょっと煮込んだものだ(50シリング)。一皿で腹は一杯になってしまった。

オフィス勤めの女の子の話題は共通している。私はなんとなく、東京の丸の内あたりにいるような気がした。彼女らのお目当ては、ここのケーキとパイだ。女性の好みは万国共通だ。私はチャイを飲みながら手紙を書いた。ホテルに戻ると雨が降り出した。


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