アフリカの旅 22

1998年6月12日

目が覚める頃には空の色はくすんだ灰色から青い色に変わり、上天気なった。歯を磨きながらふと茂みの方を見ると、何かが動いた。

大きな猿だった。バブーンだ。バブーンは私のテントから少し離れたスウェーデン人のテントの方に歩いて行った。スウェーデン人は後ろ向きでテントの中を片付けており、バブーンに気付かなかった。声を上げようとした途端、バブーンはテントの傍らに置いてあった洗面用具のバッグを引っ手繰って逃げた。黒人と一緒に追いかけたが後の祭りだ。逃げる時にトイレットペーパーを落としていった。朝食の時にスウェーデン人は皆から冷やかされ、笑っていた。

バブーンがキャンプに来ていたずらするという事は聞いていたが、やっぱりびっくりしてしまった。考えてみれば、キャンプ地は何の囲いもしてないのだから、象やライオンが来たって不思議ではない。「相手を驚かせなければ大丈夫さ」とヨセフは言っていた。

227時に朝飯を食べ、先発隊はすぐに出発。あのやかましいフランス2人は先発隊に加わってナクル湖に行ってしまい、ヨセフもヤレヤレと言う顔をしていた。車は私とスウェーデン人の親子の3人が乗って、ナイロビへ向かった。もちろんサファリをしながらの旅だ。

ヨセフは途中で客を乗せると言っていたが、どんどん人里から離れた谷の方へ向かって走っていく。谷の奥で車を停めた。道がひどくて進めない。ヨセフは人を探すと言い、車から降りるなと言い残しスタスタと歩いて行ってしまった。双眼鏡で見ると茂みの中に人がいた。

強盗団!まさかと思った。しかしサファリでは時々、山賊が出没するのだ。

しばらくして、10人くらいの人間が茂みから出てきた。その中には白い上着に白い帽子のコックもいたし、赤いチョッキのウェイターもいた。私達はキツネにつままれた気持ちでポカンと口を開いて見守っていた。先日会った、インド人の親子3人の姿も見えた。

このインド人の一家は、今朝早く熱気球に乗ってサファリを楽しみ、あの茂みの向こうに降りてそこで豪華な食事をして、迎えの車を待っていたのだと語った。やっと事情を呑み込み、思わず笑ってしまった。それにしても、大草原の真ん中で椅子、テーブルを出し、シェフの作るご馳走を味わうのはどんな気分であろうか。私は複雑な思いだ。

サファリでは黒人客はほとんど見なかった。私の参加した3日間のキャンピング・サファリでも300ドルは払わされる。金持ちの遊びだ。一昔前のサファリは狩猟だった。行けるのは大金持ちに限られた。今は全面狩猟禁止となり、ハンティングサファリの時代が終わりウォッチングに変わった。私はアフリカでの狩猟の話を若い頃に読んで胸を熱くしたものだった。サファリはごく一般的なものになり、誰でも簡単に参加できるようになった。ケニヤとかタンザニアなどの国にとっては、サファリはドル箱的存在である。

何もかもお膳立てされた旅であった。アフリカの大自然は素晴らしい。しかし、私には何か物足りない感じがした。ほとんどの客は満足して帰るのだから、私はへそ曲がりなのだろう。

私は、昔狩猟をやっていた頃の体験があるから、あの血の沸き立つ様な感じを知っている。人間が原始に帰る感覚と言ったらいいかもしれない。私は象やサイを撃ちたいのだ。写真機でパチパチやるのは物足りない。しかし、狩猟の時代はもう過ぎてしまった。もっと昔に来ていたら面白かったろうと思った。冒険もライフルもないサファリ、そういう時代になったんだなとつくづく感じた。

アフリカの町から町をさまよう事の方が冒険だった。ずいぶん危ない時もあったから…。町の方が危なくて、サファリは安全だった。それが私のアフリカの旅で得た印象であった。

わずか3日間安全な場所(サファリ)で安全に過ごす間、私のアフリカに対する免疫力はすっかり弱ってしまった。再びナイロビが怖くなってしまった。

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