アムステルダム日記 1

1998年6月14日

アフリカを発ってオランダに着いたのは夜の8時過ぎだった。しかし、まだ明るい。明るいと、宿を探すのも気分的に楽だし安全だ。

夜遅く、出迎えもなく、当てもなく、一人で空港に着く事ほど心細い事はない。見知らぬ土地だし、言葉も通じなく、友もいない。出迎える者もいない。そういう時は朝が来るまで空港から出ない事、それが旅の常識だ。しかしまだ外は明るく、人々が歩き回っているので宿を探す事にした。

空港のツーリストインフォメーションで、一泊1万円くらいで町の中心にある宿を当たってもらった。係員は感じも良く、対応がアフリカと違ってスピーディーだ。コンピューターで探してくれたのは、中央駅のすぐ近くのボートハウスだった。その名も「アムステル・ボーテル」。彼女は地図に場所を印してくれた。デポジットと手数料を払い、空港から中央駅行の電車に乗った。

肩のリュックサックを床に降ろし見回すと、ドアの所にトランクを持った男がいたので、聞くと「私も中央駅で降りるから着いたら教えてあげる」と言ってくれた。これが東京だったら、ソッポを向かれるところだろう。

電車が中央駅に着くと、男が身振りで着いて来いと言うので後からついて行った。駅を出てから少し運河の方に歩き、男は「あれがアムステル・ボーテルだよ」と指さして教えてくれた。男が指示した200メートルくらい向こうに白い建物が見え、「アムステル・ボーテル」という看板が見えた。「サンキュー」と言うと、その頭の禿げた少し太めの男は笑って去って行った。こんな時は人の情が身に染みる。リュックサックを肩に歩き始めた。

建物と見えたが、着いてみるとそれは岸に舫った大きな船だった。タラップを踏んでレセプションに行き、空港のインフォメーションで持たせてくれた書類を受け付けの女性に渡した。

130ギルダーを払い部屋に行った。私の部屋は343号室だった。ドアにカードを差し込むとロックが解除される。中に入る。船室みたいだ。清潔でキレイ!船だから当たり前だが、窓からは広い水面と対岸に舫った船が見える。シャワールームも付いていた。

荷物を放り出し、ベッドにひっくり返って天井を見つめた。長い旅だった。疲れた。

暗くなる前に、近くのレストランに行き夕食した。シュニッツェルとフライドポテト(チップス)、それとビール。全部で24ギルダーだった。物価は日本と変わらない感じだ。金がどんどん消えてゆく。

運河に沿ってホテルに戻る途中、例の「飾り窓の女」というのを見た。ショーウインドーの中に、下着姿で座ったり、横になっている。あっけらかんとしていて、セクシーという感じはしない。ここは昔から港町として栄えた所だ。その筋の女性が多いのは当たり前。船乗りに港の女は付き物だろう。若い一人の男が中に入って行った。ショーウインドーにカーテンが引かれた。この町の一つの顔である。

ホテルに帰って時計を見ると10時を回っていた。ちょうど暗くなった。朝は5時頃から明るくなり始める。夜が短いせいか、アムスっ子は私の見てる限りではよく遊ぶようだ。何とはなしに一日をブラリと過す人が多い。旅行者の姿も多い。

熱いシャワーを浴びてからベッドに入り眠った。

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