マジャールの残影 13-1

1997年4月29日 火曜日 晴れ 暖かい

起きてからシャワーを浴びた。朝10時ごろに朝食。昨夜の泊り客は出立してもういなかった。

ここはモーテルだから、車で旅行している客も来る。日本のモーテルとは違う。ちゃんとした宿である。

ルームのメイドさんは若い青年で、ロジャーに似ている(ロジャーはリスボンで町売りしていた英国人)。

言葉を教えてもらう。

彼が日本語でオハヨーゴザマスと口にしたので、びっくりして尋ねると「SHŌGUN]を読んだと言う。その中に日本語が出てくるのだそうだ。彼は上下2巻の「SHŌGUN」を見せてくれた。ハンガリー語に訳されたものだった。

日本で暮らした三浦按針の日本見聞記みたいな小説で、映画にもなった。私は小説も読んだし、映画も見たことがある。西洋人の目から見た東洋、日本の姿、日本が封建時代から明治近代に移行していく時代のムードなどが伺えて興味深い。

それにしても、ハンガリーの南の街でこうした「本」に出会うとは面白い。彼はテレビでも見たと言っていた。

家のすぐ近くのSÖRÖZÖ(ビアホール)で、初めて日本人に会った。ハンガリーは4回目だという。何時もこのSÖRÖZÖに来ているのだという。すでに客とも顔なじみな様で、皆が挨拶してた。

私たちはコーヒーを頼んだ。コーヒーはここではカベ→壁と言わないと通じない。コーヒーを2つ下さい、は「ケレール ケトゥ カベ」と言うとわかってくれる。
坂の上の方へスケッチに行った。坂を登り始めると暑かった。ウィーンでは寒さに凍えたのが嘘のようだ。

坂を上りきったところで茶店に入る。戸外に並べられたテーブルに着いてコーラを飲んだ。緑が美しい。

家で夕食の後に、例のSÖRÖZÖに行った。三木さんも来ていた。ハンガリア及びユーゴスラビアの情報を彼から聞く。

ブダペストは治安が悪くなっているので気を付けた方が良いとの事。私達もマネーチェンジの詐欺に遭っている。中国人に間違えられた日本人が最近、スキンヘッド(右翼)の若者に殺されたという。

ここでは、中国人と韓国人は嫌われているらしい。日本人は別だという。しかし、スーツを着てカメラでもぶら下げてない事には中国人に間違えられてもしょうがないらしい。

ユーゴは、クロアチアとスロベニア(北部)は大丈夫らしい。

hungary13-1


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