マジャールの残影 17

1997年5月5日 晴れ

朝食の後、宿の息子にセントラル・ポスタルの場所を教えてもらって荷物を出しに行った。

ハンガリーで買った本が5kgくらい。こんな荷物でも、歩いての移動には大敵なので日本へ送る事にした。

中央郵便局はロマネスク風の立派な建物だったが、システムはお世辞にも能率的とは言いかねる。日本の郵便局なら、この数倍の速さで処理されるだろう。

私がブツブツ文句を言うと、フミコに

「その国にはその国の事情があるのだから」

とたしなめられた。ローマにあってはローマに従えと言うところか。

しかし、何となく社会主義国という所は私の性分に合わないものがある。

ハンガリーは、未だに過去の体制を引きずっている。人間の自由な活動を体制があまりにも締め付けると、結果は爆発だ。デトネーションからリボリューションに拡大してゆく。戦乱によって人々が失うものはあまりにも大きい。

社会主義の欠点は、人間を人間として認識していない点だ。人間を人民とか同志とか、イデオロギーでしか見ない。そういう点ではむしろ、カルト集団とか宗教に近い。人間を記号化したり画一化してゆく傾向がある。

どちらにしても、一党独裁は社会をゆがめる。私達は中国やソ連の歴史からそれらを学んだ。その過ちは繰り返すべきではないだろう。

私は20年前のモスクワ、7年前のモスクワ、そして今回のモスクワから同じ臭いを嗅ぎ取った。それは決して良い匂いではなく、人間にとって不快なものであった。

イデオロギーは大切だが、イデオロギーだけですべての人間が幸福になれる訳ではない事を歴史は教えてくれる。ソルジェ・ニーツェンの告発を忘れてはならない。

結局、私達の番が来て、ノートにハンガリー語で「書籍、小包を日本へ送りたい」と書いて係員に見せても一向に要領を得なかった。言葉は通じなくても私達の意図は係員には解ったようだが、結局そのまま返されてしまった。

段ボール箱はどこで買えるのかガードマンに聞くと(もちろん英語は通じないのでハンガリー語の辞書で箱という意味の単語を調べて、それを紙に書いて見せて分かってもらった)、ガードマン氏は同じ窓口で買えると言った。それならなぜ、さっき売ってくれなかったのか解らない。しかし、ともかくもう一度行列の後ろに並んで待った。やっと番が来て、さっきの係員に箱という単語を見せたら買う事が出来た。

あるのなら、何故最初に箱を売ってくれなかったのか。相手の気持ちがよく分からなかった。結局その日は発送を諦めて出直す事にした。

帰りしなに文房具屋を探して、ガムテープとマジックペンを買った。

公園の所でスケッチをしていると、三木君に会った。でっかいカメラを胸からぶら下げていた。

郵便局での事を話すと、三木君は

「ウーン、こちらでは「何かを下さい」と言ったら「タダでくれ」と言ってるように受け取られる場合が多い。そういう人が多いからネ」

という事だった。

こちらは段ボール箱を買うつもりだったのに、あの受付の係員はそうは思わなかったというところかもしれない。

hungary17


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