マジャールの残影 25-3

バスの運賃を調べにエリジャベート広場に行く。

ハンガリーを出国する際、お金(フローリン)は持ち出せない(見つかると没収される)事になっているので、ウィーンまで行くバス賃だけを残して残りは銀行でシリングに換金したいのだが、肝心のバスの運賃が分からない。

バスのターミナルに行ってみると、どこにも表示されてなく、また夕方の6時というのに窓口は全て閉まっていた。仕方ないので、ウィーン行のバスを見つけ、運転手さんに直接値段を聞いてみた。

「3100シリング(≒3100円)だよ」

と、珍しく流暢な英語で教えてくれた。彼はオーストリー人だろうと思った。

ハンガリーでは英語のできる人は稀だ。その辺の事情は日本と同じである。

個人の自由旅行で日本へ来る外国人の苦労がよく分かる。商用や公務、あるいは団体で来る観光客は通訳が付いたり、接する部分が英語の分かる場所(ホテルとか空港とか)なのでさほど困らぬだろうが、プライベートなフリーの旅行者は大いに困るに違いない。

メトロの地下道から明るい音楽が流れてきた。行ってみると、フォルクローレのバンドだった。ボリビア人やペルー人が金稼ぎにやっているのだ。なかなか上手で、足を止めて暫しうっとりさせてもらった。

見れば、さっき階段の所にいた鍔広帽子をかぶった青年も立って聞いている。目つきが鋭い。私達は彼は日本人だと思ってたが、話してみるとボリビア人だった。

プルデンシオという名前。彼はチャランギスト(プロのチャランゴ弾き)で、南アフリカから来たばかりだと言う。チャランゴはエルネスト・カブールに習ったという。エルネスト・カブールは私らも良く知っている。ボリビアではチャランゴの神様と言われる人だ。

彼はタカアツ木下とアレハンドロ・カマラが下川に来て、私達のレストランで食事をした事があると聞くとびっくりしていた。二人ともボリビアやペルーでは超有名なミュージシャンだから当然だろう。

彼はもちろん彼等とも旧知の仲なようで、タカアツ木下の日本の住所を知っていたら教えてくれと言うので、日本へ帰ってからアドレスを調べて送ってやる事にした。

バンドはポトシーノ・ソイという曲をやっていた。この曲は私達も良く知っている。終わってから、私達がこの曲を口ずさんでるとプルデンシオはびっくりしていた。

彼と別れて私達は郵便局に行き、手紙を日本へ送った。郵便局を出た所で再び彼に会った。一緒にお茶でも飲みますかという事になって、デアーク広場に出て小奇麗なカフェに入った。店は外人旅行者で一杯だ。

この辺りには航空会社のオフィスから格安航空券を売るエージェンシーから土産物店からインフォメーションセンター、ホテルなどが集っており、旅行者が集まり賑やかな一角だ。しかしなんでも高い。

ドナウの向こうの丘には、昔の王宮や教会や由緒ある建物が並んでいる。河の上には、外国へ行く客船からタグボートまで様々な船が往来している。

hungary25-3


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