マジャールの残影 32

1997年5月20日 火曜日

カタリンに置手紙し、1000シリング(部屋代)を机の上に置いて余分な荷物を預けて、1時にアパートを出た。

ブラブラとエリザベート通りからラコーツィー通りを歩いて、東駅へ行く。

2時過ぎに駅に着き、地価の売り場でチケット(エゲル行急行800Ft)を買った。その後弁当を買って汽車に乗った。

3時半に出発。客はさほど多くない。少し走るともう田園地帯が広がり美しい。

夕方の5時半頃にエゲルに着く。

さてどこに泊まるか。駅前のバーで1杯のコーヒーを飲んで、ガイドブックの地図を見て適当なホテルを探す。駅の案内はもうとっくに閉まってるから、自分の足で探すしかなかった。犬も歩けば棒に当たる式に歩き始める。

当てにしていた「ウニコーン」という所番地まで行ったが、そこにはホテルなどなく、普通の民家だった。ガイドブックではよくある事だ。もう止めてしまったのだろう。

ウロウロしていると、一人の少年が話しかけてきた。マジャール語なのでよく分からなかったが、辞書を取り出して調べてみると、

「田舎の家に帰りたいが、お金が無いので帰れない」

と言ってるのだった。身なりも普通だし、優しい顔をした少年だった。300Ftばかしあげて別れた。

私達が大きなホテルの前まで来た時、またさっきの少年が現れた。今度は食事のおねだりだ。五月蠅くなって、そのままホテルに入ったら少年はどこかに消えた。

そのホテルでは1泊1万円以上もする事が分かって諦めた。困っていると、親切なクロークの人が他のホテルをいくつか教えてくれた。

その中の1つにとりあえず行ってみた。

10分くらい歩いてツーリストホテルに着いた。バスルーム付きでツイン3200Ft。先程のホテルの1/4の値段である。親切なフロントの女の子に部屋を見せてもらう。きれいだし、栓をひねると熱い湯がいつでも出た。冷蔵庫も付いていた。そこに3日程泊まる事にしてお金を払った。

修学旅行の生徒が良く利用するホテルらしく、子供たちがたくさん泊まっていて賑やかだ。

そういえばエゲルは、昔から修学旅行のスポットであると本に書いてあったのを思い出す。歴史的に有名であり(英雄ドボー・イシュトバーンの城がある)、史跡がそこかしこに残る古い都なのだ。さしずめハンガリーの鎌倉とも言うべき土地であろう。

荷をほどいて、熱いシャワーを浴びる。寛ぎの一時だ。ねぐら定めぬ旅故に、こんな一時が一番心が安らぐ。

宿の2階の窓から外を眺める。もう時計は7時を回っているというのに、強い日差しが丘の上の城壁を照らしている。緑の木立の影が深い。下の通りを老女がトボトボと歩いてゆく。その石畳の上に、歩み去る老女の影が長く伸びる。

全てが幻想的な風景に見えた。私も幻想の中の一つの存在にすぎないのかもしれないと思った。旅先に倒れ、日本へは帰れぬかもしれぬとも思った。風景がいとおしく見えた。

hungary32


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