マジャールの残影 45-1

1997年6月3日 晴れ 暖かい

朝6時に目が覚めてしまう。どうにも寝られんので、起きてキッチンに行き茶を沸かして飲み、チーズとパンを食べた。

フミコが起きて来るまで日記を書いた。10時に彼女が起きて来たので、一緒にお茶を飲み話をした。

私は部屋に戻り、スタンドライトの光を強くして仕事(絵)をした。午後2時にやっと1枚の水彩画が仕上がった。それはペーチのカフェの中を描いたものだ。

一人の女性が丸いテーブルに肘をついて座っている。テーブルには茶器やタバコ、灰皿が置かれている。背後の開いたドアから狭い石畳の道路が見え、光が差し込んでいる。外部は眩しいくらい明るく、店内は暗く、ひんやりして落ち着いた静けさが漂っている。天井と壁は白い漆喰。カウンターやドアや腰板はマホガニー、ニスが塗られている。曲線の美しい椅子とテーブルはブラック。床は薄いグリーンのタイル。店内は一昔前のアールデコ風でシックな造りだ。

ここは珍しく専門のカフェで、コーヒーと紅茶、ケーキが美味しい店で、私達はエゲルにいる間、毎日足を運んだ。この店では何度かスケッチをした。

それらは、広場を歩いている時に子供達の集団スリに囲まれた時に盗まれてしまった。もしそうだとすれば、私の黒い小型のスケッチブックを財布と間違えたものだと思う。

結局このスケッチブックは失われ、センテンドレで描いた物も同じ運命を辿った。

私にとって、スケッチブックを失う事は車を失う事よりもずっとショックだ。車はまた手に入るが、同じスケッチは手に入らない。

この絵は、その後で気を取り直して、新しいスケッチブックを持って再びあのカフェに行った時に描いた。現場で鉛筆でスケッチをし、ブダペストに来てから今日、色を付けてやっと仕上げたという訳だ。

私は、絵を描きながらつくづく観察と体験の重要さ、それとしっかりと心に焼きついたイメージが大切な事を感じる。それがないと、現場から離れホテルの一室で色付けをしたりするのは困難だろう。写真を参考にする事は出来るが、それだけでは絵は成立しない。生きた絵にはならないという事だ。

こちらでは、印象派以前のクラシック絵画をいやと言う程美術館で見せられたが、正直疲れた。ほとんどは職人技の、これでもかという写実だ。カメラが存在しなかった時代に、これらの絵は写真の代わりを務めたとしか思えない。

もちろん、写実的であっても、人間の内面や自然の本質をズバリと描ききった作品もある。天才と言われる画家の作品ばかりでなく、無名の画家の中にもやはりそれはある。しかし、それはごく限られている。

ガラクタだと言ったら怒られるだろう。しかし、多くの宮廷画家は実存主義者ではなかったと思う。そういう絵を描けば主人から見放され、レンブラントのように恵まれない晩年を送らねばならなかった訳だ。

人間によって、自己の本当の絵が描かれるようになったのは印象派以後と言って良い。その代り、ゴーギャンやゴッホやモジリアニやフンデルトワッサーの如く、生活苦が付いて回った。画家は、描く前にまず生きる事と戦わねばならなくなった訳だ。

最近は、そのような真面目というか、誠実な傾向が再び薄れ始めて来てはいる。ケバイ超刺激的な作品ばかりが売れる軽薄な時代ではある。

hungary45-1


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