マジャールの残影 46-3

私とフミコはぶらぶらと歩いて行った。

カフェやレストランの前にはイスとテーブルが並び、人々が食事や、1杯のコーヒーやビールやワインを楽しんでいた。それらの間をすり抜けてバーチィ通りをニューガティからエリジャベートへと向かう。

メトロの前のサンドイッチショップに入る。ここはマクドナルドのハンガリー版と言うべきもので、気軽に入れるし、あのハンバーガーより数等うまいし、ムードが昔風で落ち着いている。曲は1970代かそれ以前のものがいつもかかっている。

私はここでポールアンカの曲や、イーグルスのホテル・カリフォルニアの曲を耳にしながら、しばしば英字新聞に目を通し、薄いアメリカ風のコーヒーを飲んだり、マフィンを食べたりして2時間くらいは座っている。

窓際の席は格好のスケッチポイントだ。丁度ストリートの交差点に当たり、ストリートを横切る為に、横断歩道用の信号が青に変わるまで人々が動かないで立っていてくれる。

1分くらいしかないが、私にはそれで充分だ。昔から旅の中で絵を描いているので、早描きせねばならぬ場合が多い為に、私は他の画家に比してスケッチが手早いと言われる。活写する為には、断固とした的確な線で素早く書く必要がある。躊躇いは許されない。

私のスケッチは、クロッキーとスケッチの中間にある。

風景画の場合は、必要とされる人物だけを先に描く。これらの人物は1分も立ち止まっていてくれぬ場合が多い。

店頭で買い物をしている人物、友人と立ち話をしている人物、恋人を待っているデートの青年や若い女性。これらはすぐにどこかへ消えてしまうから手早く書く必要がある。

食事中の人物、公園のベンチにうずくまっている老人、道端で寝ているルンペン氏とか酔っぱらいはすぐには動かないから、じっくり描く事が出来る。

これらの人物のスケッチは、ノートの切れ端や小さなスケッチブックに描き込む。大きなスケッチブックで一杯に描けるのは、時間のある時だけだ。全ての状態がグッドフィーリングであるのはごく数秒か、あるいは数分の場合が多い。

それで私は、小さく描く事で時間が長引くのを防ぎ、小さな画でも、それを10倍の大きさに拡大しても十分に見られるような構成で描く事に知恵を絞る。100号の絵でも、大きいだけで全く内容の無いものが非常に多い。これはガラクタでしかない。

大きな事で人を瞠目させるなんて事は愚かな事だ。やはり良い絵は、小さくてもその中に全宇宙を描き切っているものだ。

hungary46-3


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