マジャールの残影 46-4

私は旅行画家だから、とてもあのでかいカンバスやイーゼルや重い絵具箱なんて持ち歩けない。

小さいリュック1個で何か月も、あるいは数年も旅するのだ。それ故に、絵の道具は必要最低限しか持たない。

・小さいスケッチブック(20×30cm)
・2本の最高級の絵筆(太、細)、鉛筆、消しゴム
・12色の水彩絵具箱
・小さなコップと水の入った水筒(ペットボトル)

これだけだ。

参考資料用に写真も撮っているが、これには25年前に新発売された、電池のいらない自動露出カメラ「オリンパス・ペン」というコンパクトカメラを使用している。

すでに私の手足みたいになっており、撮られてもほとんどの人は気が付かない。たとえ気付いても怒る人はいない。あの馬鹿でかいニコンなんかで黙って撮った日には、人々はいい顔はしない。このカメラは電池もいらず、手動式だから手荒にしてもほとんど故障しない。

私は描ききれない瞬間を撮る場合が多く、この場合、1/10秒遅れてもチャンスを逃す事がよくある。今のオートマチックカメラは、シャッターを押した時にシャッターが切れる感触が無いので、この一瞬のタイミングを逃してしまう(ほんの1/10秒位の差ではあるが)。それで私は、もっぱらこの旧式なカメラを使い続けていると言う訳だ。

それに、焦点を合わせるための時間的ロスも無い。このカメラで撮った写真を見ると、背景の細かい部分が良く写っている。絵を描く場合に必要な写真とは、そういう写真である。作品としての写真ではなく、材料、資料として必要な情報が必要なのである。

カメラが発明されるまで、あのドガでさえ走っている馬の脚の動きを正確に捉えられなかったのだ。もっとも、写真を見て写真そっくりに描いたら、それは準写真であって絵ではない。画家の存在理由なんて消えてしまう。

しかし、世の中は悲しい事にそんな絵が右から左へと売れたりするのだ。芸術が商売と迎合すれば、そうなってしまうだろう。

私は店の中からストリートをスケッチし、フミコは辞書を片手に英字新聞を読んだ。2時間くらい居てから店を出た。この店は広くて客も少ないので、店員は決して文句は言わない。

再びブラブラと歩いてアパルトマンに帰る。途中、裏通りで光と影が美しかったので、ポケットからオリンパス・ペンを取り出してパチパチ撮った。

カメラはいつも、むき出しのままポケットに入れている。私は歩きながら、早撃ちのガンマンが拳銃を抜く時の様にカメラを取り出し、パッと撮る。構えた瞬間にシャッターを切っている。それでもまったくブレずに写っているから、自分でも大したもんだと感心する。

次の瞬間にはもうポケットに入ってるから、私が写真を撮った事さえ気づかずに、あるいは意識せずに人々は通り過ぎる。振り向き様にパッと撮る事もしばしばだ。私は荒野のガンマンみたいな気分を味わう。

私は写真を撮る事が楽しいのだ。今の私にとって絵は仕事であり、写真は道楽である。

アパルトマンのすぐ手前のSÖRÖZÖ(シェレーゼ、ビアホールの事)で生ビールを1杯ひっかけ、ストリートを眺めた。

その後フミコは、すぐ先のスーパーに買い物に行き、私はアパルトマンに戻った。

フミコが戻ってきて夕食の支度。その間私は絵を描いた。

夕食後、再び絵を描く。その後フミコはバスルームでゆっくり風呂に入り、私は泊まり客のいない別の部屋でテレビを見た。

12時に寝た。調子はまずまずだ。

hungary46-4


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