マジャールの残影 47-1

1997年6月6日 金曜日 晴れ 暖かい

朝7時15分、約束の時間にカタリンがロシア製の旧式な車で迎えに来てくれ、私はフミコと病院へ行った。1週間経ったらもう1度来るように言われていたのだ。

老医師はすぐに思い出してくれ、私は検査室で再び心電図を撮ったり、血圧を測ったりされた。その後、老医師はそれらのデータを調べ、診察室で聴診器で入念に診察してくれた。

その後で彼は英語で説明してくれた。彼はやはり老練な医師で、私の肺結核の跡も発見した。

「肺にノイズがあるネ。いつ結核をやったかネ?」

私が

「20歳の時です」

と言うと、

「フーン、そうかね。ところで君の心臓だが、どうも左の心室の弁に少し問題があるみたいだネ」

と言った。その後で

「病的なさざめきが聞こえる」

と言った。それは心臓に発するものなのか、肺から来る音なのか聞き洩らしたので分からない。

彼は最後に

「1週間後に日本へ行くんだね。ところでハンガリーにはいつ帰って来るのかネ」

とジョークを言って笑った。私も

「近いうちに」

と答えて一緒に笑った。

老医師は

「とにかく日本に帰ったら、すぐに専門医の診察を受け、しかるべき処置を取らねばならない」

と言った。

彼はYou must have controlという言い方をした。コントロールという言葉が面白かった。

まあ医師の様子からすると、私は明日にも入院せねばならないほど悪い訳ではなさそうで、大分気が楽になった。日本に帰り、この病を治し体力を回復する事が、今後の第一番にやらねばならぬ事と悟った。

私がお礼にお金を渡そうとすると、老医師はどうしても受け取らなかった。

「いいから、今度ハンガリーに来たらまた私の所へ来て、結果を教えてくれたまえ」

と言った。

私達は握手し、私は医師のくれた名刺を大切に胸のポケットにしまい込み、病院を後にした。

hungary47-1


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