マジャールの残影 52

1997年6月11日 晴れ

昨夜はぐっすりと眠れ、朝食の時間が10時で終わるので、慌てて着替えて8階の食堂へ行った。泊り客が三々五々お茶屋朝食を楽しんでいた。

眠い目をこすりながら、フミコと食事した。宿代には朝食代も入っているので、私は大いに食べ、フミコに笑われる。

チーズ、サラミ、パイナップルのデザート、パン、バター、紅茶にコーヒー、お代わり自由。

食事の後、ペンションの受付でロシア航空の事務所の所番地と場所を教えてもらい、出かけた。事務所の受付の女性は英語も上手だったので、リコン・フォームの手続きはスムーズだった。

オーストリーはハンガリーに比べると、事務処理は整然としていて早い。拝崎君に言わせると、それでも日本に比べたらトロイという事だが…。

リコン・フォームもスムーズに終わり、日本へ帰る切符の事でこれ以上頭を悩ます事も無くなり、気分もだいぶ楽になった。格安航空券には、安い分だけ様々なリスクがあるので気が抜けないのだ。帰る時になって、オーバーブッキングだったり、ひどいのは使えなくて新たに帰りのチケットを買わされた、なんてケースもある。

こういう揉め事はしばしばあるから、リターンチケットであっても、いざと言う時にどこからでも日本へ帰れる余分な旅費(15万円あれば、世界のどこに居ても日本へ帰る事は可能)は残しておくべきだろう。私達の残金は1700ドルくらいだから、足りない。

オフィスを出てから、公園の中を歩いて拝崎君の働いている日本屋に行った。店長の女性が、親切に電話を拝崎君に取り次いでくれた。

30分したら店に来ると言うので、私達はすぐ横のバザールをぶらつき、ドナ・キャバブとビールで昼飯を済ませた(ここのは普通の2倍くらい。30シリング)。

店に行くと、拝崎君が来ていた。彼が、これからガレージに行ってタイヤ交換をしてもらうが一緒に行きますか?と言うので、付いて行く事にした。

ガレージでタイヤ交換が済むまで30分くらい間があったので、近くのカフェで一緒にコーヒーを飲んだ。久しぶりの再会に、話も弾んだ。明日の夕方に、一緒に郊外のレストランへ行く約束をし、店の近くで別れた。

ヨハン・シュトラウス公園でワルツのライブを聴いた。私達は再びバザールの中をぶらつき、最後にインド料理屋を発見し、宿に帰った。

夜、旧市街辺りに散歩に行き、土地の人々が利用しているカフェでビールと紅茶を飲んで、一時を過ごした。

hungary52


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