自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)2-3

1990年3月13日

スペインの空は毎日コバルトブルーに輝き、雲はほんのつけたしという感じで、空の端っこにちょっぴり浮かんでいる。見渡す限りの大草原。一本のハイウェイがまっすぐに伸びている。そのハイウェイの左右にサイクリングロードもちゃんと整備されており、今日もまた南へ向ってキコキコと二人はペダルをこいだ。

目指すはセビリヤである。まだマドリから150キロしか進んでいない。セビリヤは雲の彼方だ。途中には、地図を見る限り、セビリヤの少し手前に高い峠が待っているのがわかっているので、それ程あせらずのんびり行く事にした。まだほんの序の口である。自転車旅行に体調が慣れるまでは無理はすまい。

疲れると、オリーブの木陰に自転車を引っ張り込み、ビノを一杯ひっかける。妻はチョコレートにビスケット、僕はビノを飲むのでスペインのうまいハム、チョリッソ、チーズ、オリーブの塩漬けなどを、サイドバッグから取り出してサカナにしている。スペインの旅はいつ果てるのやら、神のみぞ知るところではある。

この国に来て、アンダルシアを訪ねず、バルでスペイン人と共にビノを一杯ひっかけぬ者は、永久にスペインを知る事はあるまいと、僕はかたく信ずる。

昼前に、ナバルモララル・デ・ラ・マラという町に着いた。

国道から町の中へと自転車で乗り込んだ。初めに目についた店で、パン、ハム、オリーブ、オレンジ、ビノ(1本135ペセタ=約200円)、豚肉等を買った。

隣がバルであったので、カウンターの椅子に掛けて、妻はカフェコンレッチェ(ミルクコーヒー)、僕はセルベッサ(ビール)を飲んだ。若いハンサムなバーテン君(この店のオーナーの息子だった)がなかなか好青年で、僕らが日本から来て自転車で旅をしているのを知ると、セルベッサとカラマレスを自分のおごりだからと出してくれた。断ろうとすると相手ががっがりした顔をするので、好意を受け取ることにした。他にかわいい女の子が二人と、カワサキ750のオートバイ青年の客がいた。

このような気前のよさ、男気はスペイン気質の特徴である。右も左もわからず、まして言葉すらロクにわからない僕らにしてみれば、このような好意には安心感を覚えざるを得ない。

このあたりに住むスペイン人は、一見無口でブスッとしているが、二言、三言言葉を交わし挨拶すると、ニコッと笑って親しみを見せてくれる。こちらがブスッとしていればそれまでだ。向こうは遠来の東洋人に興味津々なのだが、自分からは言葉をかけられないでいるのである。

僕はそんなスペイン人が好きだ。スペイン人を冷たいと言った日本人は、彼らの表面を見ていたに過ぎないのである。この国の陽光は強烈で、すべての風景は光と影の部分にくっきりと分かれる。それはまた、スペイン人の気質に現われていると、僕は思っている。

スペインの風土を描こうとすると、白い絵具がすぐになくなってしまうのに気付く。白い壁、そして光を描くために、白い絵具は他の国で絵を描く時よりも余分に用意する必要がある。

ピカソ、フェルナンド・コルテス、イザベル女王、コロンブス(イタリア人)、ベラスケス、ゴヤ、グレコ、ダリ、ミロ、ガウディー、セルバンテス、等々。我々がちょっと知っているだけでも、スペインの風土はものすごい天才、英雄を生み出している。この風土のどこからそのような人物が生まれてくるのか…。

町や村は眠っているみたいに静かで、人々も素朴そのものなのだ。バルに立ち寄ると、気の良い男達が昼間からビノやセルベッサをチビチビやっているのを見る。

バルを出て、町の人々に聞きながらガスボンベを売っている店を見つけて、ついにボンベ2本を手に入れ、ついでにモンキーレンチも買った。バンコ・デ・エスパニョール(スペイン銀行)で100ドルを両替した。町を出て、再び国道に出て走り始めた(NV―90E)。

ここ2日ばかり向い風に悩まされたが、今日は追い風なので楽であった。

夕方4時、美しい湖に出た。湖の岸辺に自転車を引っ張って下りて、テントを張った。静かで実に美しい。周囲は山に囲まれ、近くには人家が一軒あるきりであった。魚が跳ねている。かなり大きい。魚を釣るには絶好の場所である。ルアーを投げればトラウトが来そうだが、残念ながらフィッシング・ギヤは何一つ持って来なかった。セビリヤで買う事が出来るだろう。岸辺には低いオリーブのしげみと、花の咲き乱れる草地が大きな岩陰に広がっている。

テントの前で妻が炊事を始めた。僕はビノのボトルをサイドバッグから取り出し、栓をぬいてコップについだ。美しいレンゲ色の液体は、芳醇な香りをただよわせている。塩漬けのオリーブをつまみながら、ビノを飲み、絵のような湖水の風景に見入る。キャンピングしながらの自転車旅行の良さはここにある。

街道の町や村に入り、土地の人々と共にバルで一杯のビノを、あるいはセルベッサを飲んで語り、パン屋や肉屋で買い物をする。それだけでその土地の空気に触れることが出来る。そして、日が暮れる前に国道から少しそれて、テントを張りキャンプをする。今日のように美しい湖畔であったり、オリーブの木陰であったり、川の岸辺であったり、キャンプ地は毎日違うのであるが、そこではスペインの自然に触れる事が出来る。大草原、湖、川、山、夜は星が美しい。

スペイン人が採っている山菜、自分らが知っている山菜(ノビル、ハッカ、クミン等)を見つけた。採って料理に使用している。釣り道具が手に入ったら、魚を釣って料理する予定である。汽車やバスで移動し、ホテルに泊り歩く旅では味わえないすばらしさがある。

二人ともアウトドア生活が好きで、そのキャリアも長い。僕は25年もアウトドア旅行をやって来た。中国大陸の奥地(西域、チベット)をそういう形で旅してみたかった。中国の民主化が進めば、それも夢ではないだろう。

夕食はポークのスペアリブのステーキ、オニオンのソテー、オリーブの入ったおいしいソーセージ、マカロニのスープ、オレンジ、スペインのパン(大きなバゲット)、それに塩漬けのオリーブであった。

湖水の向こうに夕陽が沈むと急に温度が下がり、テントや外に出してあった荷物に露がおりはじめた。あわてて、乾してあった衣類やスリーピングバッグを、テントの中に運んだ。すぐに夜が来て、空には星がいっぱいとなる。かたわらの水面では、魚のはねる音がバシャバシャとにぎやかだ。釣り好きの僕は腕がムズムズする。

ロウソクに灯を点し、テントに入って読書。日記をつけて、10時頃眠った。

cycle2-3


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