自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)4-1

1990年3月30日

風が強くなって、天気も悪くなって来た。国境の町、アヤモンテに着く頃には、雨もポツポツと降り始めた。ペセタは200しか残っていない。カンビオ(両替所)で20USドル両替して、フェリーの切符を買った。

時計は夕方の6時をまわっている。海からの風は強く寒かった。カッパを着たらしのぎやすくなった。役人がいなければ、国境の事務所は宝くじの売店と間違えそうにちっぽけなものだったので、拍子抜けがした。パスポートにスタンプをポンと押してくれた。その間わずか30秒。

グァダルキビル河の対岸のポルトガルの町、サント・アントニオはわずか指呼の間である。国境の河を船にゆられて20分位で着いた。

ポルトガルの国境の事務所は立派なものだが、それでも小さなものだ。入国カードに必要なことを記入するのを、役人が親切に助けてくれた。これも2、3分で済んだ。ポルトガルの対日感情は良いのではないかと思った。

西洋文明を我が国にもたらした歴史的関わりの深い国でもあり、なんとなく愛着を感じる。パン、カステラ、カバン、カルタ、シャボン等々みなポルトガル語である。我が国の鉄砲はポルトガルから初めて伝来したのであるし、フランシスコ・ザビエルもポルトガルの伝道師として、我が国では有名で知らぬ者もない。

そのポルトガルへついにやって来たのである。

サント・アントニオの町はスペインに比べると色合いが地味だが、それだけに落ち着いたムードがあり、人々の服装も地味で、女は黒い服が目立ち、男はハンチング帽をかぶっている。

国境の事務所で役人が僕の時計を見て、1時間もどすようにと教えてくれた。ポルトガルはスペインより1時間遅らせている。僕の時計は6時50分を示している。それを5時50分に直した。1時間得をしたような気分だ。

前を男女のバックパッカーが歩いていたので「ユースに行くのか」と聞くと「そうだ」と言うので、一緒に行った。歩いて10分位でユースに着いた。町の中にある何の変哲もない家で、もう少しで通り越してしまうところだった。1泊、一人700エスクード(700円)、エスクードのレートは円と同じだから実に楽だ(1円=約1エスクード)。中は広く、綺麗でインテリアも文句なしに素晴らしかった。日本にもこのようなY・Hがあればと思った。マダムが我々のために、二人部屋をあてがってくれた。なかなか気が利いている。久々にホットシャワーを浴びて、旅のアカを洗い落とした。客は我々の他は、ヨーロッパ青年が3人とオーストラリア女性が1人だった。

肉屋で生のソーセージを買って、食料品店でパン、缶詰、ワイン(1リットル130円と言う安さだ)等を買って、ついでに町をのぞいてから部屋に戻った。ポケットラジオのスイッチをひねると、ポルトガルの音楽ファドの調べが流れた。サイドバッグからガスコンロとナベを出して、さっそく夕食を作る。生のソーセージはゆでるだけで良く、調理は簡単、しかもすこぶるうまい。ホカホカのやつをかじりながら、ワインのグラスを傾ける。

今日一日の走行の疲れも、この瞬間に消し飛んで消える。

cycle4-1


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