自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)4-4

1990年4月2日

起きると、カッコウが近くで鳴いていた。空は晴れていて、気持ちが良い。

食事のあとテントをたたみ、食糧、水の補給のためタビラの町へ行った。

川に沿って少し下ると町の入口に来た。風景が素晴らしいので、道の脇に自転車を止めてさっそくスケッチにかかる。ポルトガルの方が古びた建物が、スペインより多く残っているし、また人々の生活も古風というかシンプルな感じがする。

30分ほどで仕上げて、自転車を走らせた。町の通りはすべて石畳で、建物も適当に色あせ、壁のしっくいが少しはげたりしていて、とても絵になる町だ。

パン屋でパンを買い、バルでミルクコーヒー(1杯70エスクード=約70円)を飲み、水を水筒に詰めてもらった。船着場の方に行くと、漁師が網の繕いをしているのが目についたので、またそこに腰を据えてスケッチ。ペンキで青く塗った漁船も素晴らしい。夢中でスケッチしているうちに腹が減ったので、サイドバッグからパンとオリーブを取り出し、ワインをラッパ飲みしつつ、舟だまりの景色に心楽しみ、昼食。そのあと少し位置を変え、漁船を描いた。

少し離れた所で絵を描いていた妻が戻って来たので、一緒に目の前のバルに入った。バルの中は暇そうな漁師で一杯だった。奥の方ではビリヤードをやっている。みんな少しくたびれたブレザー、スウェーターにハンチング帽をかぶっていて、絵になる男ばかりが揃っている。妻はミルクコーヒーを注文した。僕は冷たいセルベッサを漁師と同じようにラッパ飲みして、渇いた喉を潤した。

再び舟だまりでスケッチの続きをやった。

夕方5時すぎ、同じキャンプ地に引き替えし、テントを張りキャンプした。今日は絵ばかり描いていて、ほとんど進まなかった訳だ。この分だとリスボンに着くのはいつのことやら…。しかし、絵を描きたいのでこれで良い。別に慌てる旅でもない。金は今や二人合せて25万円に満たない。でもなんとかなるだろう。お天とう様は僕らを見捨てはすまい。ポルトガルは暮らしやすそうだし、画題に事欠かない。金がなくなるまで居てやろう。そして絵を描くのだ。

僕らのキャンプ地は、周囲に人家のない静かな川岸で、景色も良い。古い農家の廃屋の陰で、道路からも見えない。この農家の跡も絵になる感じで、暗いイメージはどこにもない。夜になったら、ドラキュラが出て来るとかいうムードでもないので、一週間くらいここでキャンプしてもよさそうだ。

村の人が時々、草むらの中でカタツムリを捕っている。料理に使うようだ。そのうち、僕らも食べてみようと思っている。エスカルゴはヨーロッパでは一般的な食べ物だし、決して安くない。貴重なものかも知れない。

草原の上で夕食。ワイン(ティント〔赤〕)、パン、ゆでソーセージ、ジャガイモのスープ、オリーブ、それとヒジキの炊き込みご飯というメニュー。大きなセントバーナードがのっそりとやって来たので、パンとビスケットとご飯の残りをやった。こいつは野良公で、このあたりを縄張りにしていて、昨日も顔を見せていた。良く食うので、僕らの明日のパンは無くなってしまった。それでも一宿一飯の恩義のためか、夜はテントの近くで番犬役を務めてくれるので、僕らは安心して眠れるという訳だ。

夜中、喉が渇いたので二人とも起き出して、ポルトガルの深夜放送を聴きながら熱いコーヒーをテントの中で沸かして飲んだ。プリンス、ロッド・スチュアート、イーグルス等の曲がかかっており、なつかしかった。ポルトガルに来てから、AM放送でも音楽が楽しめる。昨夜は、ファドをたっぷり聴かせてもらった。スペインでは、AMは会話とニュースとCMばかりで、FMでないと音楽を聴くことが出来ず、僕のAMラジオは役に立たなかった。ポルトガルでは、まだFMはそれほど一般的でないのかも知れない。

cycle4-4 タビラ


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