自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)6-1

「ネェ!いくら売れたと思う?」

彼女は、部屋に飛び込んでくるなりそう言った。

「うーん、いいとこ2000エスクード(2000円)だろ」と僕は、ベッドの上に身を起こしながら答えた。

日本を出発したのは、去年の五月晴れの朝だった。あれからもう一年の間、旅してきたことになる。日本を去る時、二人合わせて100万円の金を持っていた。その金も、今や20万円足らずしか残っていない。この物価高のヨーロッパでは、すぐに底をつくだろう。

「ホラ、こんなに」と彼女は、ポルトガルの紙幣を並べた。僕はベッドから飛び降りた。

「1万エスクード(1万円)!ひぇーこんなに売ったのか…」憂鬱な気分もそれで吹っ飛んでしまった。彼女はケラケラ笑って、携帯用のガスコンロでコーヒーを沸かした。コーヒーを飲んでいると、僕の気分もなんだか良くなってきた。

物価の高いヨーロッパ、何もしないとすぐ困ってしまう。だから、彼女はインドから持ってきたアクセサリー、僕は絵を描いて、街角で売って生活費を稼ぐことを始めた。

格安チケット(5万)で、3月1日にデリーからワルシャワ(ポーランド)経由の飛行機で、マドリッドへ。マドリッドでテント、自転車、寝袋などを買って、ヨーロッパ自転車旅行に出発したのは、3月8日であった。セビリヤ、ウエルバ、そのまま西進してポルトガルのサンアントニオ、さらに西へ、最果ての岬ビセンテ岬を回って北上を続け、このリスボンへ4月17日に着いた。

2000キロメートルの自転車の旅は、強風と坂道に逆らい、ひどい長雨(10日も続いた雷)、野犬などに悩まされる旅であったが、フリーでシンプル、人々の人情に触れる素晴らしい旅でもあった。

対岸の町メリダスから、フェリーに乗ってリスボンの港に上陸した時、地図はおろか何の情報も持っていなく、まったく右も左も分からなかった。めくら同然とはこのことだなと僕は思った。

相棒の彼女が「どっちへ行こうか?」と聞く。「棒を立ててそいつが倒れた方へ行ってみようぜ」と僕は答えた。あれから2週間経った。

今僕らは、港の横町に二人一泊で1000円のペンション「リオ」に滞在している。港は目の前。大きなメルカード(市場)の裏手にあり、肉、野菜、魚は新鮮。何でもあるし安いので、自炊生活にはもってこいの場所だ。バルの周りには昼間から海の男達がたむろし、狭い路地裏はおかみさんの大きな声や、遊び回る子供らで充満しており、夜になれば娼婦が客を引く。港リスボンのムードがあふれている。

僕らの借りた部屋は4畳半、ダブルベッド、立派な洋ダンス、イス、小机が付いている。古い部屋で、窓がないのは残念だが、とにかく安い。そのうえいつでも熱いシャワーが浴びられるし、宿のおばさんも親切だし、宿はきれいで清潔だ。はじめ1日1500円だったが、1ヶ月いるからと言うと、一日1000円にまけてくれた。それでも1ヶ月3万円の家賃は僕らにはきつい。仲間は「そいつは安いよ!」と言っている。

仲間というのは、リスボンのテキヤである。港の前のコメルチオ広場とロシオを結ぶ、アウグスタ通りという広いプロムナードがある。原宿の駅前通りみたいな所で、そこに行けば、アクセサリーや絵を路上に並べて売っている彼らの姿が見られる。彼らは新参者の僕らを、別に嫌な顔もせずに受け入れてくれた。おそるおそる「ここで売りたいのだが」と言うと、黒メガネの革細工売りのジュアンが「俺の隣で売ったらいいよ」と言ってくれた。リスボン到着3日目から、僕らはテキヤの仲間に入ったのである。

テキヤ仲間は、気のいい親切な連中だったが、ポリスは別であった。ジュアンが言うには「ポリスにつかまると、品物を全部没収された上に罰金8000エスクード(8000円)を取られる」と、厳しいものだ。しかし、よくしたもので、昼12時から2時までと、夕方5時過ぎはポリスも回ってこない。日曜日も来ないということで、なんとか僕らも飯が食えるという訳だ。それでも昼間は時々来るので、安全のため僕らは夕方5時過ぎから8時までしか商売していない。一日中出来ないから、収入も少ない。しかし何にでも抜け道はあるのだから、そのうち色々な事が分かってくれば、それなりの手だても見つかるだろうからと思うので、あまり心配はしていない。

インドから5万円分仕入れてきたアクセサリーは、まあまあ売れているが、絵の方はまだ一枚も売れていない。こちらも売れなくては飯の食い上げだから、毎日良く売れている絵を見て、自分のとどこが違うか研究している。そのうちコツが飲み込めてくれば売れる絵も描けるようになるだろう。しかし、それを意識すると筆が止まってしまう。

2、3日真剣に悩んだ。旅を続けながら、その中で良い絵を描きたい。それが自分の本心である。

リスボンは、絵を描くには素晴らしい所だ。僕らの宿の周辺は、港町のムードがあふれている。

魚の匂い、潮の香りも漂ってくる。飾り気のない人々の生き生きとした生活。舟だまりで網を繕う漁師。ポンツーンでゆれる旧式な漁船。昼間からバルにたむろする海の男達。そうしたものを心ゆくまで描きたい。悩んだ末、やっぱり売れようが売れまいが、自分の納得のいく絵を描くことにした。

夜の9時頃、宿の近くの食堂に行った。いつもは自炊しているのだが、今日は彼女の三十何回目かの誕生日なので、たまにはレストランで食事しようという事になったのだ。宿の外へ出ると、小雨が石畳の路地をぬらしていた。狭い路地を外灯がぼんやりと照らし、レストランの窓から灯がもれて、中からは魚を焼く匂いと、人々のしゃべる声が流れてくる。

港の方を見ると、対岸のメリダスへ向かう船の灯がスーと動いていくのが見える。暗い沖合いに、メリダスの町の灯がチカチカと瞬いている。映画「暗いはしけ」の舞台そっくりだ。アマリア・ロドリゲスのせつないファドの唄声がどこからか聞こえてくるような気がした。

ドアを押してレストランに入る。曲がりくねった狭い店だ。けっこう客で一杯だ。空いている席に掛け、メニューを見るが、ポルトガル語で書いてあるだけで英語は見当たらない。もちろん日本語のメニューなどある訳はない。日本であれば横町の大衆食堂ともいうべき小さなレストランなのだから…。

隣の客が魚料理を食べているのを見て、「ケ・イシト?(それは何ですか?)」と聞くと、別に嫌な顔もせずメニューを指で示して「これだよ」と教えてくれた。ウエイトレスの女の子に同じものと、その下の欄に書いてあった料理を何だか分からないが注文した。

やがて運ばれて来たのは、大皿に山盛りのジャガイモとタラを茹でた料理だった(コシーダ・デ・ポルトゲーサ)。もう一つのはタラを焼いたものだ。パンとスープが付いて一皿300~500円くらいだから、それほど高くはない。酢と塩を振りかけ、ナイフとフォークを手に夕食にとりかかる。

外国でのバースデーは、何となくセンチメンタルなのがいい。ビールで乾杯。ポルトガルの代表的なビール「サグレス」はなかなかうまい。日本人を別として、ポルトガル人ほど魚好きな国民はいないのではないかと思う。

メルカードに行くと、新鮮な魚、貝、タコ、イカ、エビ、カニなどが山のように並べられており、その豊富さバラエティーの多さにはびっくりさせられる。レストランもシーフードが実に多い。レストランのショーウインドーには、料理ではなく材料が並べられている。その中にはウナギやカタツムリ、マテ貝、タコ、カメノテまである。カメノテをどのように料理して食べるのか、大いに興味のあるところだ。大西洋に面する国だけに、海産物の食文化は、おそらくヨーロッパでは最も高度ではないかと思う。

cycle6-1この国で最もポピュラーな食べ物(シーフード)は、タラではないかと思う。どこの食料品店にも塩漬けのタラが並べられて、クサヤの如き匂いをプンプンさせている。懐かしい匂いである。彼らはこのタラを水につけてもどして料理している。生のタラより身がしまって、クサヤのような匂いがうまみを出している。

肉料理もだいたい同じ値段で、ビーフもポークもたいして値段は変わらない。ビーフがメチャ高な日本から来ると、あまり安いのでビックリしてしまう。メルカードの肉屋に行けば、ビーフを1キログラム600円くらいで買うことが出来る。日本の10分の1の値段だ。だから、せっせとビーフを料理して食べている。玉子も肉も日本より味が良く、安い。オリーブは1キログラムたった200円という安さだ。しかし輸入品は高く、ネスカフェなどは国産の3倍ぐらいする。しかし、ポルトガル産のインスタントコーヒーの方がずっとうまいのだから皮肉である。
ワインビネガーを利用して寿司を作ったが、とってもうまかった。こちらのワインビネガーは最高である。ワインは、1リットル130円くらいが一般的。日本の10分の1と言う値段だ。これも、酒屋に空き瓶を下げて買いに行くのが、ベストではないかと思う。オヤジが樽の栓を開けて、升で計って詰めてくれる。これには酸化防止剤などは一切入ってないから、瓶詰めを飲むよりずっとうまいし、安全。値段も1リットル120~140円と安い。しかし、2、3日もたつと酸っぱくなってしまうのが難点。ほっておけば酢になってしまう。

 


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