自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)7-1

1990年5月12日

ポルトガルには有色人種が多いが、人種差別もあまりなく、ポルトガル人は親切でナイーブな感じを受ける。

この国はカカア天下だそうで女が強い。女はうるさいが男はおとなしいように見受ける。

午前11時、海岸のカイシュ・ド・ソドレでふとしたことから知り合った東京の大学のS教授と待ち合わせて、日本人牧師のT氏を訪ねた。

電車はテージョ河の岸辺から出て、そのまま海岸に沿って走り続けた。1時間くらいで海岸の保養地カシュカイスに着いた。海岸のレストランのテラスのテーブルから海を見ながら食事をした。冷たいビールとサルディーニヤ(イワシ)の塩焼とパン、チーズがテーブルに運ばれた。土曜日とあって家族連れでにぎわっている。子供達がO・Pディンギー(小型ヨット)でタッキングの練習をしている。

サルディーニヤはきわめてポルトガル的な料理で、海の風に吹かれながら食べるにふさわしい。一人前15センチくらいが5匹とフライドポテトがついている。レモンの汁をたっぷりかけて手で裂いて食べるとうまい。ナイフ・フォークだと味が損なわれる。

昼食のあと教授は古本屋で本を買った。駅前からタクシーでT氏の家まで行った。30分くらい走って(600円)、山の中の小さな部落だ。タクシーを降りた。その辺りの家できくとすぐにわかった。道端をニワトリが走り回り、下の方には海が広がっているのが見晴らせた。古い民家を買い取って改造したというその家は斜面に建てられ、白い漆喰の壁がまぶしかった。

T氏は牧師というよりフラメンコのダンサーみたいな感じで驚いた。気さくで頭もよく、話も上手だった。背はすらりと高く、もみあげをスペイン風にのばしている。日本人離れした感じである。奥さんはアメリカ人、娘が2人いた。聖歌を歌い、旧約聖書を読んだ。

外は雨となり、風も出はじめ、荒野みたいなこの土地で暮らす事は厳しいのではないかと思った。日本人のカップルが5組来ていたが、彼等はみな日本で定年退職して、老後をここで暮らしている人達だ。さすがに外国で老後を過ごすだけあって、みなしっかりしているし、個性を感じさせる。日本でもこれからだんだんこうした老人が増えるに違いない。それにしてもこの人々はそういった海外老人組のパイオニアといえるわけで、その勇気に敬服する。

帰路、カシュカイシュで彼らと別れた。彼らは信者というわけではなく、週に一度牧師さんの家に集まる(そこで日本語を大いに喋ってすっきりする)のを楽しみにしているのだ。彼らはそのあとレストランで一緒に食事をするのが常であるらしかった。日本で姑息な生活をするよりはずっと健全ではないかと思った。

ここでは月10万もあれば田舎に一軒家を借りて夫婦で暮らせる。畑で野菜を作ったり、海へ釣りに行ったりしてのんびり暮らせるのだ。こちらでは1千万も出せばよい家が買える。牧師さんは600万で土地付きの中古の民家を買って改造して住んでいるが、とてもすばらしい家である。

しかし、ポルトガルもオリンピック(スペイン)以後は経済成長の渦に巻き込まれて、このようなのんびりしたシンプルライフも失われていくものと思われる。となれば、物価も安く、シンプルな生活、素朴な人々が残る都市は西ヨーロッパから消えてしまうだろう。リスボンはそうした意味で最後の古き良き都市でもある。

空き瓶を下げて近くの酒屋(バル)にVINO(ワイン)を買いに行く時、僕はいつも、子供のときに一生徳利を持って酒屋に酒を買いに行かされたのを思い出す。いまでもやっぱり子供たちが空き瓶をもって買いに来ている。店の親父は樽の栓を開けて枡で量り、VINOを空き瓶に詰めて子供に渡す。子供はキャンデーか何かを買ってしゃぶりながら酒瓶を下げて家に帰って行く。

cycle7-1 リスボン (2)


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