自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)7-2

1990年5月22日(はれ)

朝10時(日本の8時くらい)起床。

キャンピングガスのバーナーでコーヒーを沸かして一杯。それから玉子をゆでる。その間、昨日エンピツでスケッチした下絵をボールペン(黒レタッチ用)で仕上げる。太陽が西に傾く夕方は建物の明暗(コントラスト)が劇的なので、色付けは夕方に現場で行うようにしている。僕は絵を描くのに夢中になって、玉子のことはすっかり忘れてしまった。

しかし、その間に彼女はゆで玉子を作ってトマトといっしょにパンにはさんでサンドイッチを作ってくれた。サンドイッチをぱくつきながら画用紙に夢中でペンを走らせる。

昼頃、絵の道具と水とサンドイッチをカバンにつめて、スケッチに二人で出かけた。最近は泥棒市の周辺の下町の中で絵を描いている。

慣れぬ人にはいかがわしい場所でしかないが、ここには人間の生活の匂いがある。古い石造りの建物の谷間はラビリンス(迷路)を形成している。その狭い路地から上を見上げると、洗濯物が風にひるがえり、その上に真っ青な空が輝いている。歩いていると、イワシやイカを炭火で焼くうまそうな匂いが漂ってくる。何百年も昔にタイムスリップしたような酒場が数件ある。中は暗くひんやりとしている。カウンターの奥には黒いワインの大樽が積み上げられている。ワインもやはり樽酒が一番うまい。これを一度飲むと、酸化防止剤の入ったふつうのワインは鼻について飲めなくなる。

そんな谷間の一角に腰をすえて、スケッチをはじめた。鉛筆で下絵を描き、最初に影を描く。影の部分だけを青または黒で手早く描く。これも10~15分くらいでやってしまわないと、太陽の移動にともない影が移動してしまうため絵が描けなくなる。色彩も変化するので、残りは次の日(天候が前日と同じなら)の同じ時間に行って色を付ける。スペインもそうだが、ここでは光と影を描くことが楽しめる。建物の形、壁の色、質感、青い空、町のざわめき、イワシを焼く煙と匂い、人々の生活も含め路地の中で目に映ずるものすべてが光と影の中に存在する。明暗のコントラストがくっきりとしており、劇的な感動を覚える。影の移動、色彩の変化が激しいので、せいぜい20~30分で描き上げねばならない。

しかし、1枚描くのに最低2、3時間は必要なので、最近は5~6枚の絵を時間をずらして並行して描くことをはじめた。絵を描いていると、近所の人や子供がときどきのぞきに来る。ただ、インドや中国みたいに、見物人にわっと囲まれて描けなくなるというようなことはなく、のんびりと描けるので楽である。

青い影をひととおり描き上げてから、傍の茶店にもぐり込んでコーヒーを飲みつつ、店のオジさんオバさんと片言のポルトガル語で話をした。フミちゃんのほうが僕より上手だ。6月13日、14日はサント・アントニオ(聖アントニオ)のお祭りがあってその日はみんなイワシを炭火で焼いて腹一杯食べ、ワインとビールをしこたま飲むので、街中イワシの煙で一杯になるのですよ、とオジさんは話してくれた。単語を並べればこちらの言わんとしていることを理解してくれるし、むこうもわかりやすく親切に辛抱強く話してくれるので、片言でも何とか会話が成り立つ。これがスペイン、ポルトガルの好きな理由の一つでもある。ドイツ、フランス、イギリスなど他のヨーロッパの国ではそんなわけにはいかない。

店を出てから近くの教会の広場で昼食、チーズのサンドイッチと大変おいしい黒いオリーブ、瓶につめて持ってきた水がうまい。下の方に赤いスペイン瓦の家並が並び、その向こうにテージョ河の青い広がりが見え、すばらしく景色がよい。大きな汽船がテージョ河を往来するのが手に取るように見える。

リスボンは今なお中世ヨーロッパの面影を存分にとどめ、近代化の激しいヨーロッパでは貴重な所である。人々は親しみやすく、のんびりとしたテンポで暮らしている。しかし、ポルトガルもスペインオリンピック以後は急激に変わっていくのではないかと思うとなにか淋しい。

夕方5時、フミちゃんはアクセサリーを売りにストリートへ行った。僕は残ってスケッチを続けた。6時すぎに歩いてペンションに戻った。熱いシャワーを浴びてからワインを飲んだ。いつの間にかベッドの上で寝てしまっていた。

8時頃、ストリートへ絵を売りに行く。フミちゃんはまだがんばってそこにいた。今日はゼロ、客もいない。彼女は青(チン)という、ニューヨークからバカンスに来た中国人のギャルと話をしていた。すぐに店をたたみ、3人で近くのアブラカダブラという名前のハンバーガーショップでコーヒーを飲んだ。ここでは東洋人にはたまにしか会わないので、はじめて会ってもこうなるのだ。彼女は、ニューヨークに来たら泊まってくれと言ってアドレスを書いてくれた。店の前で彼女と別れた。西洋人をいつも見ているので、彼女がよけいほっそりと見えた。

ペンションに歩いて帰ると、もう10時頃だった。ステーキ用のブタ肉500グラムとトマトをボイルして皿に並べるとコシーダ・デ・ポルトゲーサ(代表的なポルトガル料理)である。こいつにピリピリ(タバスコのようなもの)をかけてからナイフとフォークでかぶりつく。肉料理は久しぶりである。いつも朝寝坊しているので、起きた頃にはメルカード(市場)は終わってしまっており肉が買えないためだ。今日は彼女が早起きして(といっても10時だけど)メルカードに行ったのである。ふつうは12時近くに起床している。日が暮れるのは9時頃だから、夕食が9~10時、寝るのが午前2時というわけで、こうなってしまう。でもふつうのポルトガル人は7時に起き、夜は寝るのが2時、3時だから、いったいどうなっているのかと思う。どうも、シェスタの時に昼寝をするようだ。

夕食のあと、ラジオを聞きながら絵の色付けをした。2時、ベッドにもぐり込む。

cycle7-2


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