自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)7-3

1990年5月24日(はれ)

10時起床、ペンションの窓の所にテージョ河が青くゆったりと流れ、大きな汽船が上流へと上っていくのが見えた。

今日も空はコバルトブルーに輝いている。窓の下はビルの深い谷となっていて、その人口のU字谷の底にはアリのように小さな人間達とおもちゃみたいな車と市電が走り回っている。

リスボンの歴史が始まってから営々として人間が気付き上げてきたおびただしい石造りのビル、石彫の群れは日本では見られないものだ。その壮大さにはただもう圧倒される。ヨーロッパの都市はほとんどがこのように立体的に、緻密に造り上げられ、空中に向かって広がっている。そして都市から一歩出れば、きわめて人工の希薄な平野がどこまでも広がっている。「リスボンのとなりは下北半島なのね」とフミちゃんは言っていた。

僕は自転車で一か月余りも荒野と淋しい海岸を走り続けた末、ある日気がついたらめくるめく大都市の中にいたのである。リスボンから車で20分も走ればもう何もない。リスボンまであと20キロという地点まで自転車で辿り着いた時、その先に大都市があるとはどうしても思えなかった。だから、メリダスからテージョ河の向こうに美しく輝く壮大な都市を見た時は本当に驚いたし、ものすごく感動した。

そのリスボンに来て早くも1か月半になろうとしている。いつものようにベッドからのこのこと這い出して、キャンピングガスでコーヒーを沸かし、フライパンでハムの厚切りを焼き、サンドイッチを作って朝食をすませた。ディパックに水筒、サンドイッチ、絵の具などを詰め、画板を小脇に抱えてアルファーマまでスケッチに行った。アルファーマはドロボー市の周辺にある下町だ。ごちゃごちゃした所で、絵の題材には欠かぬ場所である。

彼女は小さな八百屋で買物、その後となりの酒場に入ってワインを一杯ひっかけた。酒場というよりは酒蔵と言ったほうがぴったしの店で、中に入ると暗くひんやりとしている。大理石の床、大理石のテーブル、緑色にペンキで塗られた木のイス、オリーブ色のすすけた天井、ワインの入った黒い大樽が奥の方に積んである。小さなカウンターには、ハムの切り身とゆで玉子とチョリーソ(ソーセージ)が申し訳程度に置いてある。飲み物はワインの赤と白の2種類しかない。カウンターの後ろでは実直そうな亭主がせっせとグラスをみがいている。2つしかないテーブルの一つには、ハンチングをかぶった老人が一人ぽつねんと座っている。酒場の中央辺りでハエが5匹くらいしずかに舞っている。

僕はこの古風な、そしてシンプルな居酒屋が気に入って、アルファーマに来た時はいつもここで一杯ひっかけることにしているのだ。この店の地酒はとてもうまい。オヤジさんが樽から直接グラスについでくれる。銘柄は一種類しかない(店のオリジナルワイン)ので、注文するときは「ビアンコ」(白)または「テイント」(赤)と言うだけでよく、楽である。コップ一杯が40円という、泣きたいような、小躍りしたいような値段だ。日本では1000円出してもこういうワインは飲めない。これがやはり自由旅行のやめられぬ理由でもある。

ワインを飲みながら店内のスケッチをした。亭主は無口で何も言わない。老人はじっとして座っているので描くのが楽だ。どこを見てもすべて時代がかっており、明治以前の世界へタイムスリップしたような気分になってしまう。古風な物が好きな自分には、この感覚はこたえられない。

このような店には土地の人間しか来ない。観光客はぞろぞろと歩いているが、誰一人としてこの店に入ってくる者はいない。何となく入るのに抵抗を覚えるのだろう。彼らはたいがい、店の外に椅子とテーブルを並べているような、少しリッチな感じで、ボーイがせわしげに歩き回っているような店に行く。しかし、そういう店はたいてい料理はまずいし、値段もめちゃくちゃ高い。チップも取られる。物価の高い国から来た観光客にはちっとも高くはないが、ここに住んでいるつつましい人々にはべらぼうな値段だし、何よりもまずいということが軽蔑の対象となるのだ。

酒蔵を出たところでばったり日本人旅行者に出会った。彼は一人でもう3年も旅を続けている青年だ。元は漁協の議員だったという。彼も世界中を回っていて、いろいろなことを知っていた。「冬の北欧はすばらしいですよ」と彼は語った。「アイルランドは好きですね。観光地としてはマイナーで、人々は素朴、景色も美しいです」そう聞いて行ってみたくなった。

近くのカフェでビカ(苦いコーヒー、小さなコップで飲む、一杯35円)を飲みながら情報交換をした。彼はイスラエルのモサビ(キブツと同様の組織)に半年近く滞在し、毎日農作業をした時の事を楽しそうに話した。リスボンの前はロンドンにいて4か月日本レストランで働いたが、時々ポリスの手入れがあって、捕まるとそのまま強制送還で日本へ帰されてしまうので恐ろしかったと言っていた。この場合困るのは、荷物を持って帰れない(警察からそのままエアポートへ連れて行かれる)のと、ノーマルのフライト料金を払わされる(日航だとチープチケットの3~4倍もする)ことだ。今は日本で働く方がずっと給料がよいので、海外でアルバイトをする旅行者は昔よりずっと減っている。僕らもポリスと鬼ごっこしながらストリートで行商をやっているけど、1日1000~3000円がいいとこで、ゼロの日もよくある。ばかばかしくてふつうならとてもやってられない。

北欧はワークパーミッションがないと今はどこでも断られてアルバイトできないらしい。フィンランドのイチゴ摘みのアルバイトならできるとも言っていた。税金を使って不法労働者を捕まえるなんてケチなことはやめろと言いたい。ドロボーを捕まえるのはわかるが、真面目に働いている人達を捕まえるなんて人間のやることじゃない。それも食うや食わずのビンボーな人々をだ。

cycle7-3 リスボン3兄弟

本作は季刊エッセイ雑誌「生活と意見」第8号(秋)1997 に掲載されていたものを加筆、修正したものです。

雑誌「生活と意見」に掲載されたのはここまでです。しかし、掲載が終了しても旅はまだまだ続きます。

(続・自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)1へつづく)


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