続・自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)2-4

1990年7月3日(晴れ)

大草原は大きな岩石が散在しており、それが果てもない広がりをいっそう荒涼とさせていた。細く凸凹で頼りない国道?が、うねりながら地平線へと伸びている。馬車に乗った農夫が時々通りすぎていく。

ほどなく、Alpalhão村に着いた。ここは、今まで見た町(村)の中で、最もトラディショナルなムードに包まれた、素晴らしい所だった。

残念ながらフィルムを切らして写真が撮れなかった。フィルムを探したが、この町には売ってないとの事でびっくりした。個々の人々と写真撮の接点はポートレートくらいのものらしかった。カメラを片手に歩くのが恥ずかしいような気がする。

この辺りでは馬車はまだ一般的な乗り物で、馬車を修理している工場も見た。

とりあえず、一軒のバルに入ってビカ(カフェ・ソロのこと)を一杯ひっかけた。彼女はミルクコーヒーとミートパイを注文した。コーヒーを飲んでいると、一人の外国人が英語で話しかけてきた。彼はマンフレッドと名乗った。

マンフレッドはドイツ人で、僕と同じ世代。この近くに小さな家と土地を買って住んでるらしい。今は毎日、家を住めるように自分で改造しているのだと言っていた。

彼は、E・E・Cはクレージー、ドイツを富ませるだけで良くないと言った。ポルトガルもE・E・Cに加盟してから、急ピッチで経済的な変化が始まり、ポルトガルの美しさ、古い良さ、シンプルライフが消えつつあると彼は嘆息し、この第三次大戦とも言うべき経済戦争を愁えていた。

旅行中、マンフレッドのようなヨーロッパ人に何人か会った。フランス生まれのベトナム人チョウも、彼と同じ考え方だったし、デビッドもそうだった。他にもいっぱい会っている。

各国、各民族の間での貧富の格差は広がる一方で、経済成長を遂げた方も、固有の文化、伝統、生活習慣を失い、人々は心の拠り所を探し回らねばならぬ有様だ。この小さな片田舎の美しい村、アルバリャーオもやがてはその経済戦争の中で、悪く変わっていってしまうのかと思うと、なにかやりきれぬ寂しさを感じた。

道で出会う村人は笑顔をたたえ、「ボンボヤージ」と言って去ってゆくのだった。馬車を止めて我々に語りかけてくる老人もいた。すべてが絵になっていて美しかった。この村へもう一度来たいと思った。

日が沈む頃、街道脇のブッシュに入ってキャンプ。

タマネギとトマトのサラダ、イモとマカロニのスープ、パン、ワイン、ソーセージが今夜のメニューであった。すぐに暗くなる。ロウソクをつけ、星を見ながら食事した。コーヒーを飲み、彼女とムダ話。

昼間の疲れで二人ともすぐに寝てしまった。

cycleNext2-4アルパリャーオの辺り


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

Current day month ye@r *