続・自転車旅行(スペイン・ポルトガル編)4-8

1990年8月6日

テントを畳んで出発した。うるさく狭苦しいキャンプ場とやっとお別れだ。現金との両替をシントラまで行ってしなければならなかったので、月曜まで待たねばならなかったのだ。両替はなるべく早めにするのが旅のコツである。出来る時にやっておくというのが外国旅行の常識だ。

ペダルを漕いでシントラまで登っていった。シントラからマフラまで道は坂道ばかり。何度も自転車を降りて押した。太陽は焼けつく様だが、海からの風が涼しく内陸部の旅に比べれば楽と言えた。

ほとんどのサイクリストはポルトガルをワーストワンと言う。山が多く道路が悪い、乱暴な運転をするドライバーが多いので危険、しかも道路が狭いので大型のトラックが通る時はヒヤヒヤさせられる。しかし、物価が安い、美しい、のんびりしている、食べ物が豊富で美味しい、ワインが素晴らしい等々、良い点も多い。

と言う訳で、自転車旅行者は少ない。ポルトガルに来て4ヶ月以上もいるが、旅行中に出会ったサイクリストはアメリカ人のカップルとカナダ人のシングルの3人だけだった。いずれもかなりのキャリアの持ち主だった。

マフラの町には巨大で立派な教会が建っていた。それがあまりにも巨大なので、かなり遠くからでも良く見えた。

ローレルまで来て道を間違えたが、引き返しても同じなのでそのまま進んだ。

午後3時頃テージョ河の上流に出た。テージョ河が淡い草色の帯となって悠々と流れ、舟が上り下りしているのを見てホッとした。あとはテージョ河に沿って下り、べレムから北へ進めばモンサントのキャンプ場に着く。

南へ進む我々に、太陽がまともに照りつける。非常に暑くて、彼女は頭痛を訴えた。軽い日射病だ。すぐ日陰に休ませ、頭に水をかけて冷やし、水をたっぷり飲ませた。僕も水を飲み、頭のてっぺんに水をかけた。水は湯のように温かくなっていたが、風に吹かれているとすぐ冷たくなって頭を冷やしてくれた。

我々が休んでいると、旅のサイクリストが通りかかった。彼はカナダ人で、名前はデロといった。デロはバカンスでヨーロッパを旅しているのだ。彼の自転車はアメリカ製の高性能マシンで、1日に100~200kmの走行が可能であるとの事で驚いた。ポルトガルのビセンテ岬、アルガルベを走った時は、1日にわずか20kmしか進めなかったという経験を持つ我々には、信じ難い事だった。

今日は40kmくらい走ったよと彼に言うと、「僕は120km走ったよ。エボラを朝出発したが、道が広くて走りやすかったし、坂も緩やかだったからね」と言って笑った。そこは僕らが前にスペインに行く時に走った道であり、その頃、我々は1日に70kmがやっとであったのを思い出した。彼ならマドリ→セビリヤ→ウエルバ→アルガルベ→ビセンテ岬→シネス→リスボンを一週間で走れるだろう。我々はそれに1ヶ月半を費やしたのだ。

とにかく、他のサイクリストから見ると食料、水などを余計に積んで重い上に、自転車は誰も旅行に使おうなんて考えない婦人用自転車ときている。加えて持ち主は二人ともグータラ人間という訳で、進むスピードは遅々たるものである。

景色の良い場所に来ると、自転車を止めて絵を描き写真を撮った。

一杯のワインでバルに何時間も粘って、土地の人達と片言で話をした。

雨が何日も降り続き、その間テントの中でじっと過ごした時もあった。

他のサイクリストがペンションやキャンプ上で泊まっている時、僕たちは荒野の中に立っている大きな木の下や、森の中で野宿していた。

野犬や夜盗を気にしながら眠った。

急な坂を自転車を押して喘ぎながら登っている時など、もう自転車旅行なんて止めようと何度も思った。しかし次の朝テントから這い出て茶を沸かし、それを飲みながら、美しい森や山や湖水の間を緩やかに曲がりくねって続く道路を見ていると、また走りたくなるのだった。テントを畳み、荷物をパッキングしてから森を出て、道路の上をゆっくり進み始める時の気分はなんとも言えず、爽やかなのだ。暗い夜が終わり、周囲が明るくなった時の安心感、リラックスした気分は安全な屋根の下での暮らしでは滅多に味わえぬものだ。

デロにモンサントのキャンプ場へ行く道を教え、再会を約して別れた。彼は先に出発した。少ししてから我々も出発した。

リスボン市の環状道路に入ると交通量は更に多くなり、さながら戦場にいるような気分だった。必死で道路標識を読み、道を間違えぬように進んだ。ちょっとでもフラついたら、他の車に撥ね飛ばされそうで恐ろしかった。トラックに踏み潰され、蛙みたいにペシャンコになって道路に倒れている自分たちの姿を想像すると、首筋が冷たくなった。しかしビクビクしたってしょうがない。その時はその時、どうにでもなれという気分でペダルを踏み続けた。

一度道を間違えたが、通行人が「キャンプ場はそっちじゃないよ」と教えてくれたので、すぐに元の道に戻る事が出来た。ポルトガル人はなかなか親切な人たちである。

夕方陽が沈む頃、モンサントに辿り着いた。今回も事故を起こさず、無事我々のホームベースであるモンサントキャンプ場に着けた事を神に感謝した。

自転車と荷物をテーブルのそばに置いて、キャンプ場のレストランで夕食。フランゴ・アサード(鶏の塩焼き)、サラダ、メロン、ビール2本、パンというメニュー。喉はカラカラ、おまけに腹ペコ、おおいに食べ、おおいに飲んでレストランを出た。

いつもと同じ場所にテントを張り、ホッとシャワーを浴びて旅の汗と埃を洗い流してから久しぶりにリラックスしてゆっくり眠る事が出来た。

cycleNext4-8

(5へつづく)


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