中国・シルクロードの旅 4

china41989年5月16日

今夜の9時に広州行の船が出る。香港から北江を遡って中国との国境を超えるのだ。

今、九龍のマクドナルドで涼みながらこれを書いている。外気温は30℃近くありそうだ。こんな文明の恩恵にあずかれるのも、ここが最後かもしれない。アメリカ的文化はここからずっとヒマラヤまで、そしてその向こうにも無い、コカ・コーラを除いては。

ホテルをPM12時にチェックアウト。1週間ばかり滞在した訳だが、1ヶ月も居たような気がする。短い間に様々な事が起こり、様々な経験をしたからだ。ホテルにはイギリス人、フランス人、チャイニーズ、パキスタン人…と色んな国の人間が泊まっては出て行った。

こちらの領事館は不親切で、電話に出る受付は間抜けで何も知らなかった。

結局、北京にパキスタンの大使館があってそこでビザが取れると教えてくれたのは、ホテルに泊まっていたパキスタン人のトニーだった。彼は日本にいた事があり、日本が好きだと言っていた。

香港の滞在許可は5月17日までなので間に合わない。パキスタンのビザは北京で取る事にした。マカオに日帰りで行ってくれば、再入国でまた1週間香港での滞在が許可されるし、オフィスに行ってエクステンションの手続きをすれば良い訳だが、ここに長居したら出てゆく金額も大きい。

という事で、我々はとりあえず中国へ行く事にした。

4千年以上の古い歴史を秘め、面積は約960万平方km(我が国の26倍)、そして10億を超える人間が住んでいるという中国。黒竜江省の北部では1年中夏の無い所がある。かと思えば海南島のように冬でも24℃という所もある。地図を見ると、960万平方kmの面積のうち人間が住むのに適すると思われる土地は1/3がいいとこで、あとは乾燥した砂漠地帯や険しい山岳地帯が西の方に広がっている。

北京でパキスタンのビザを入手した後、天山山脈の入り口トルファンまで汽車で行き、それから天山南路を通ってタクラマカン砂漠の西方に位置するカシュガルまでバスやジープを乗り継いで行く。カシュガルから歩いたりマイクロバスやジープを利用してパミール高原を抜け、カラコルム山脈のクンジュラフ峠を越えてパキスタンの最北部のフンザに下る…これが今度の旅行計画のルートである。

このルートは地上最悪とも言われる厳しいものだと聞く。登山家がより困難な山を目指すように、旅人もまた、より困難な旅を目指すのである。

僕は仕事を1年以上休み、この旅に充てる予定でいる。その間、何にも収入は無いし保証も無い。でも、こうした旅から得られるもの…それは大切なものであると自分は思う。おそらく自分にとって、忘れ得ぬ旅となるだろう。

46回目の誕生日を自分はどこで迎えるだろうか?出来ればヒマラヤに抱かれたチベットのラサで、それが不可能ならネパールのポカラで迎えたいと思っている。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

Current day month ye@r *