中国・シルクロードの旅 5

china51989年5月18日

広州の沙面島はかつて英国人の居留地であった所で、洋館が整然とロンドンの一部をそっくり持って来たという感じがしないでもない。しかし、英国人が立ち退いて長い年月を経た今、かつての栄光の残照をとどめているにすぎない。

立派な庭園や建物は手入れもされず薄汚れている。建物と建物の間には洗濯物がだらしなくぶら下がり、ペーブメントの石は割れ、所々に汚水が溢れていたりする。

かつてここに居留した英国人がこれを見たら、嘆き悲しむかもしれない。しかし、それでもここは広州市内では最もキレイで落ち着いたエリアである。街には人が溢れ混沌として、蒸し暑くて喧騒に満ち、色々と落ち着かない感じがするのだ。

ロンドンに住んでいた頃、僕はその整い過ぎた生活空間と、人々の頑ななまでの個人主義、完全主義というものに触れてそこに孤独と自由を感じた。しかしこの中国の旅の最初の町、広州では全くそれらと正反対のものを感じている。

とにかく人間がやたらと多い。エネルギッシュである。人々は活力に満ち、朝早くから夜遅くまで動き回っている。ここにはアンニュイなどは存在しそうもない。

僕が泊まっている沙面島のY・Hの窓から、運河を上り下りする汽船や小さな艀が見える。河端は広い所で1km程。夥しい数の船が上下している。

Y・Hと言っても外人専用の中級ホテルであって、我々の知るY・Hとはかけ離れている。各階の入り口には女性の従業員が座っていて、外出から帰ってくると鍵束をじゃらじゃらさせながら部屋のドアを開けてくれる。したがって盗難の心配はほとんどない。

僕らの使用している部屋は双人房、つまりツインルームで、8畳くらいの寝室に3畳くらいのシャワールームが付いているのだ。寝室には入口の辺りにコートを掛ける木製のスタンド、作り付けのタンス、テーブルセット、大きなフカフカのベッドが2つ、それぞれ天井から白いモスキートネットが下がっている。ベッドテーブルの上には扇風機、シャワールームには洗面台と水洗トイレも付いており、いつでもホットシャワーが浴びれるという贅沢さ。

部屋代はこれでたったの40元(1600円)である。もっとも中国人の平均的サラリーが1ヶ月に60~120元という事だから、中国人にしてみればバカ高いという事になる。実際は共稼ぎだからこの2倍の収入だが、我々が正規の2倍の料金(外人料金)を払わされている事は事実だが、それにしてもなんという経済的なギャップであろうか。

中国の人々の生活は決して楽ではないが、彼等は来世よりも現世を重んじ、彼らなりに人生を楽しんでるようだ。

竹で作られた優美な鳥かごを持って散歩している老人を見た。籠の中には美しい声で鳴く小鳥が入っている。彼は公園に行って木の枝に鳥かごを吊るし、自分の愛する小鳥の声にじっと耳を傾けている…。長い年月をかけて洗練された重厚で高度な文化の一部、片鱗をそこに感じさせられた。

「食は広州にあり」と言うが、ここは広東料理の本場である。彼等はニワトリ、アヒル、豚などに始まり、猫からスッポン、亀からネズミに至るまで、ありとあらゆるものを個々に応じて調理法を変え、究極の料理を4000年前から膨大な時間をかけて完成している。

それらを一つ一つ味わう時、我々の知っているバーベキューとかハンバーガーとかローストチキンといった食べ物がいかにも幼稚な、そしてプリミティブなものに思えてしまう程だ。

と言っても僕は野外でバーベキューする楽しさ、あのシンプルな料理を否定するつもりはない。それにはそれなりの味覚や楽しみがあるのだから。正直な話、本場の中華料理よりも、僕は香港のどこにでもある食堂で食べたラーメンや包子の方がずっと美味しく感じられた。

広州の一流のレストランの味は中国人にとって、広州人にとっては最高なのであろうが、外人の自分には油っこくいまいち物足りなかった。

来たばかりなのにもう日本食が懐かしい。食習慣というものは抜き難いものだ。あのイギリス人でさえ、異国にあってはベーコンと卵のたっぷりした食事を夢見るというのだから。

とにかく、どのような料理にも油が多用され、それがだんだん鼻についてくる。

油でギトギトなのを食べてるのに太った人は少ない。


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