中国・シルクロードの旅 9

china91989年5月23日

船が時たまどこかの船着場に着くと、乗客の一部は山のような荷を抱えて大騒ぎしながら降りてゆき、入れ替わりに新しい客が乗り込んでくる。

荷物のカゴの中には、生きた鶏なんてのは序の口で、生きたオオトカゲが爬虫類特有の鱗をテラテラと光らせ、口をあんぐり開け細い舌を出したり入れたりしてる。カゴの隅には餌のカエルが小さくなってうずくまってるという塩梅だ。

他にはバナナやら特大のスーツケースやら、何が入ってるか分からない大きなカゴ、そして大声でペチャペチャと喋る乗客、そういったものをひと通り積んでしまうと、船は薄い褐色の河水をせわしなくかき混ぜて河の中心部に向かって再び走り始める。

フミちゃんは隣の家族連れ(老人と娘さんとバアさん)と何か話している。英語と中国語を毎日勉強してるようなもんだ。外人旅行者とは英語で、中国人とは中国語でという訳だ。

香港、広東では中国人(一般人)との接触が無かったが、河の旅と一緒にそれが始まった。周囲は中国人民ばかりだ。隣の一家は静かだが親切だった。筆談を通じて大体の事は通じる。言葉も色々と教えてくれる。

乗客の殆どは中国人だった。

昼頃、梧州に船が着いた。出発まで時間があるので他の乗客と一緒に船を降り、町に行ってみる。

どの町にも人間があふれている。

大きな肉まんじゅうを荷車の上に設えたセイロで蒸しながら売ってるのを買い、それからバザールに行ってみた。スイカやザボン、バナナ、生きた魚、青々とした菜葉、色艶の良い長ナス、長細いピーマン、ナツメヤシ、オレンジ、スモモ、丸焼きにしたアヒル、豚、精肉。どれも美味しそうだった。好きな物を買って自分で好きなように料理したいとフミちゃんがこぼしていたが同感…。

衛生観念が発達してないので、食器や箸があまり綺麗とは言えないし調理場も汚れてる。外食には常に、食中毒だけでなく肝炎やコレラ、赤痢などの感染の危険がつきまとう。

上流地帯に入ったらしく、水が青くなってきて河は一段と美しくなってきた。

船は浅瀬を避けて川幅の狭い急流の中に突っ込んで行く。流れが渦を巻き、激しくバウ(船首)に噛みつく。2基のジーゼルエンジンが唸りを上げて回り、船はジリジリと進んでゆく。急流は曲がりくねって続くので危険極まりない。僅かな操船ミスでも簡単に座礁するか、水中の鋭い岩に腹をえぐられてしまうだろう。

そうした場所を幾つか抜けると、前方に大きなダムが見えてきた。船はダムの手前まで来ると、左側に設けられた狭い側道に入って行く。船が入ると後ろの水門が閉じられ、水が流れ込んできて水位が段々上がっていく。ヨーロッパの運河やスエズ運河などで見られるロックだ。実物はこの時初めて見たが、大仕掛なものだと思った。

ダムと同じ水位まで船が押し上げられ、最後の水門が開くと前方に広い静かな湖水が広がっていた。夕暮れの湖の中を我々の乗った汽船が滑って行く。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です


*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>

Current day month ye@r *