中国・シルクロードの旅 17-1

china17-11989年7月2日

汽車は蘭州を経てカンスー省の酒仙辺りを走っている。北にはバダインジャラン砂漠が広がり、北にはチーリェン山脈が長く伸びている。

成都を夜8:55分定刻に発車したのは3日も前だ。

山も平地も薄い茶色、果てしない茫漠たる砂漠地帯に鉄路がどこまでも続き、汽車は夜も昼もひた走りに走り、我々は空白の時間の中へと迷いこんでゆく…。

ここまで来るともう中央アジアの世界だ。所々に緑の草原、ポプラの並木、泥で作った平屋の農家が見られる。少年も長い棒を手に、羊の群れを追っている。

長い間、来ることを夢見た憧れのシルクロード。なぜ日本人はシルクロードに引きつけられるのか、ここに来て初めて分かるような気がした。ここには、日本文化として日本人のルーツをあちこちに認める事が出来るのだ。

成都でウルムチ行の汽車を待つこと10日あまり、駅は大混乱でとても窓口で切符を買える状態ではなかった。ジックミーが紹介してくれた中国人を通して、6月30日発の2等のハードスリーパーの切符をやっと手に入れ、荷物を担いで駅へ行った。

待合室は体育館くらいの広さだが、汽車を待つ人々で一杯だった。布団、ゴザ、生活用具や食料の入った籠等をみんな呆れるくらい持ち込んでいる。荷物の多い人は天秤棒の両端に荷をぶら下げて運んでいる。終戦直後の上野駅と同じような状態である。

汽車は20両編成で、うち5両が2等寝台であとは全部3等車である。日本の汽車に見られないものに、給湯室がある。乗客はコップやポットを持って行って、熱湯をそこで貰ってきてお茶を飲んだりインスタントラーメンを食べたりする。ベッドは3段固定式で、みんな山のように食料を持ち込んで、いつも飲んだり食べたりしている。中国人は贅沢だから駅弁では物足りないらしく、鶏の丸焼きや様々な漬物、瓶詰めの唐辛子味噌、フルーツ、中華饅頭などを持ってきている。あまり酒は飲まない。

夜12:00になると電灯は消されるので、それまでワイワイ騒いでいた彼らもおとなしくなるのでありがたい。その代わり、朝8時になるとラウドスピーカーがやかましい音楽をガーガーやってくれるので、眠りを破られる。

香港からずっと、録でもない天気と湿気を含んだ埃っぽい空気の中で過ごしてきたわけだが、ここまで来て青空と乾いた空気にやっと巡りあう事が出来た。日本を出発してかれこれ2ヶ月になった。


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