中国・シルクロードの旅 20-2

china20-2こんな所にいると人恋しくなるのか、夕方になると近所に住む男たちが旅社に遊びにきた。馬で乗り付けて来る男もいた。カザフ族である。ひらりと馬から飛び降りて手綱を入口の柱に結んで、片手に鞭を持ち皮のブーツをドカドカ鳴らしてレストランに入って来る。

僕はレストランで夕飯を食べ、生ぬるいビールを飲みながらギターを弾いた。この辺りに住む若者たちはギターを弾く者が結構いる。それだけでなくフラメンコの手法が用いられているので驚いた。ラスゲヤード、セーコなどの奏法を使っている。これはフラメンコ独特のものという考えは間違っているようだ。僕がフラメンコを弾くと彼らも驚いていたが、とても喜んでくれた。

ジプシーがインド北部の山岳民族の出身であるという根拠は定説だが、怪しいものだ。ここの近くに一軒だけある食堂へ行った時は、ジプシーの中にいるような感じがした。アンソニー・クインそっくりのオジさんやリーバン・クリーフそっくりの男がいた。漢人と違って顔の彫りが深く、精悍である。

漢人は農耕民族であり、カザフやウイグル族は遊牧民族であるから、彼らの文化や性格は全く異なっている。漢人が没個性的で画一的な性格であるのに対して、カザフ、ウイグル、モンゴルは個性的で情熱的、踊りや音楽が好きで自由を愛する傾向がある。

漢族のエリアを離れて彼らの間を旅する今、旅は精彩を帯び、変化に富んだ楽しいものになってきた。自分の求める旅がやっと始まったのだ。

漢族のエリアを旅していた時は不愉快な目にあう事が多かったのと、見るもの聞くものがあまりにも我々の文化と類似しているために面白さが半減してしまったのである。

それにしてもなんと美しい風景だろう。ここを教えてくれたトシさんとUBAさん達はもう日本へ着いたろうか。

トシさんは大阪に住む職業画家。UBAさんは外国と日本の間を行ったり来たりしているエンジニアである。ウルムチのホテルのドミトリーで一緒だった。昼間は別行動だったが、夜はいつも近くのレストランで一緒に食事した。

UBAさんは根っからの旅好き。地図を片手に、旅行者が誰も行かないような所でも行ってしまう。ガイドブックに頼り、ガイドブックに書いてある場所だけを歩き、ガイドブック無しではどこへも行く事ができない最近の若い旅行者に対して、冒険の精神に欠ける、根性が無いと怒っていた。1970年代のスピリッツを忘れることの出来ない怒れる人だったが、良い人だった。

トシさんはUBAさんと対象的。静かな人でいつも穏やかだった。とても親切で、もう帰るからと言って水彩の用具一式をくれた。僕はクレヨンとマジックペンしか持ってなかったので、とても嬉しかった。毎日楽しく絵が描けるのも彼のおかげである。彼の旅のスケッチを見せてもらったが、とても素晴らしかった。

日本での再会を誓って、ホテルを出た所で別れた。彼は飛行場へ、僕らはバスターミナルへと歩いていった。UBAさんは我々より1日早く飛行機で香港へ飛び立って行った。

出会いと別れ、旅ではそれが激しく、良い人に出会った後は余計寂しさを感じる。


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