やっぱしエエな、旅は 8

81989年7月23日

天山は山が深い。険しい山道を、今日も夜明け前からバスは走り続けている。

車に酔う乗客が何人か出て、山の中で休憩。その間、バスの運転手と整備士の乗客が車の下に潜り込んで、ステアリングのガタを修理する。

このバスはオンボロで、絶えずどこかが故障する。運転中に急に運転室のドアが開いたりするので、運転手は片手でハンドル、片手でドアと格闘しながらビンビン飛ばす。こちらは生きた心地がしない。

ステアリングのガタも完全に治まらないので、車は直線道路で蛇行する。目もくらむような残骸絶壁の淵を何度も通過した。道路は舗装してあるが凸凹で、砂利道と大差がない悪路ときている。

タイヤはツルツル、おまけにラジエーターから水が漏るので、時々エンジンのフードを外しバケツで水を継ぎ足す。エンジンのかかりも悪く、朝の出発時はいつも大騒ぎだ。

こんな車を、一人の運転手が朝のまだ暗いうち(朝の5時)から夜の12時頃まで、ぶっ通しで運転するのだ。それも4日間ぶっ続けだからびっくりしてしまう。

道は険しく悪い上に、ガタガタオンボロバスで天山山脈を通りタクラマカン砂漠を行くと言うのは、正に冒険である。

しかし、我々の若い運転手にとっては仕事であり、乗客も冒険とは思っていない。こんなことは日常茶飯事の事であってみれば、冒険的行為も冒険ではなくなると言う訳だ。

しかし、イーニンから天山山脈とタクラマカン砂漠の天山南路を経てカシュガルへ行くこのルートは、地球の創世記の中へとタイムスリップさせられるような、素晴らしい旅である。

スイスアルプスのような美しい谷間。カザフ族やモンゴル族のパオの集落。ヤク牛、羊、牛、馬の群れ。大草原を馬に乗って家畜を負う少年。野生のポピーが咲き乱れるお花畑(高山植物)。天山の氷河。雪渓(痺れるような冷たい谷川の水を水筒に詰めた)。月世界のような岩石と死の谷。そしてタクラマカン砂漠、天山砂漠、天山南路。

信じられない風景と、昔と変わらぬ生活を続ける人々の姿が、幻のように目の前に現れては消えていく、そんな旅である。このオンボロバスの旅は十分ドラマになるし、それ以上だ。絶えず何かが起こるのだ。

その日、砂漠の中の宿に辿り着いたのは夜の12時(シンジャン時間10時)頃であった。50人の乗客は埃にまみれもうみんなヘトヘト。しかも、昼過ぎにどこかの部落で食事をしてから何も食べてないので、空腹だった。

しかし、そこには5、6人客が入ったら一杯になってしまうような、小さな食堂しか無かったのだ。しかも食堂は閉店間際で、材料が何も無いときていて、乗客は怒り出した。やっと宿に着いて、温かいスープにでもありつけれればと思っていた僕らもがっかりした。

問題は、ここから10キロ先にレストランが何軒もある宿場があるのに、公安の管轄区域外なので行く事は許可できないという、信じられないような公安局の態度であった。我々の宿舎に駐在するたった一人の若い公安(おまわり)は横暴な男で、そこへ行く事を頑として許可してくれなかったのだ。

結局、運転手も乗客もその夜は晩飯抜きで過ごしたのである。僕らは、非常用に持っていた固いナンと途中で買ったハミクワをかじり、夕食にした。

同室にいた中国人の青年にも分けてあげ、一緒に食べた。彼は彼で、何処からか洗面器にお湯を汲んできて、足を洗うといいよと言ってくれた。

その夜は旅社のかび臭いしけった布団にくるまって寝た。

明日から天山南路の旅になる。


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