旅の記録 パキスタン編 4-4

pak4-4次の日の朝早くバスは出発した。運転手は交代し、別な中国人だった。

昼頃にやっと中国のイミグレーション・オフィスに到着した。荷物の検査にかなり時間がかかったが、それが無事終わり出発できた時はほっとした。

それは私だけではなかった。パキスタン人達もバックパッカーも全員が立ち上がり、揺れるバスの中で叫び、もうお祭り騒ぎだった。

そこから90km先のクンジュラフ峠に間もなく辿り着いた。アノラックを着ていても寒く震えた。

そこにはパキスタン語と中国語の印された一個の石碑があるだけであった。風も強く、周囲の風景は神々しく、まるでヒマラヤ山頂にでもいるような錯覚を覚えた。

高山病に苦しむ乗客が数人いた。私もフミコも大丈夫だった。

そこから、かなりの悪路をバスはグングン下って行った。パキスタンのイミグレはずっと先だ。

一気に1900m下り、スストのパキスタンのイミグレに到着。苦しんでいた高山病者もすっかり元気になり、笑いあっていた。

しかし、私達はビザなし入国だから気分が重かった。政府の方針で今年からビザなしではパキスタンに入国出来なくなったからだ。それは日本政府が、パキスタン人の不法労働者の増加にたまりかねて、パキスタン人をビアなしで日本に入国出来なくさせたからであった。

一国の感情というものは、こうした辺境のイミグレにも反映する。役人は頑として私達の入国を拒んだ。いつもなら物言うバクシーシ(袖の下)も拒否された。

私は、天安門事件の為北京でビザが取れなかった事、この時間に何も無い中国国境を引き返すのは不可能な事、妻の体調が悪い事などを訴えて食い下がった。

すると役人も根負けし、入国スタンプをパスポートにポンと押してくれた。しかしよく見ると、パキスタンの滞在期限が3日間だけのトラジットビザだった。

予定ではここからすぐの所にあるフンザ王国に1か月滞在するつもりだった。


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