旅の記録 パキスタン編 9

pak91989年8月25日

私達がこの土地に旅の荷をほどいて早や10日が過ぎた。私達は山を下り、インドに出発する準備に取り掛かった。

イスラマバードに飛ぶ飛行機があると聞き、町外れの飛行場にチケットを買いに行った。運動場に毛の生えたような飛行場で、小さなオフィスがあった。係員は申し訳なさそうに「さっき最後のチケットが売れてしまった」と言った。飛行機で行くのを諦め、私達はホテルに戻った。

次の日に飛行機は飛び立ったが、その後消息が絶えた。数日後にヒマラヤ山中でバラバラになった飛行機が発見された。全員死亡だった。その中には私達が度々行ったあの中古登山道具店の主人も入っていた。もし私がもう少し早く行き切符を手に入れていたら、私もフミコもあの世に行ってしまっただろう。

ビザの滞在許可期限も迫っていたので、次の日に荷をまとめ、またあのマイクロバスに乗って昼頃にイスラマバードに出発した。

3度目の正直で、ゲリラに捕まるかもしれなかった。

我々の他に10台以上のトラックや車がコンボイを組み、武装した兵隊の乗った軍用車が前と後ろをガードする形で出発した。先日、この谷でバスジャックが発生したからだ。

夜も止まらず走り続けた。夜の方が攻撃されやすいので、私はゆっくり眠れなかった。山賊は機関銃、バズーカ砲で武装した戦争のプロ集団であるから戦っても我々に勝ち目はない。幸運を祈るしかなかった。

それよりも運転手の居眠り運転で谷底に墜落する危険の方がより現実的であった。私達は二人とも冒険好きな性格だから、怖いけど何か心がワクワクするのをひそかに楽しんでいた。

しかし、朝が来て明るくなった時は本当に嬉しかった。

イスラマバードに朝の9時頃に着いた。

町の食堂で遅い朝食を取り、バスターミナルで明日ラホールに行くバスの切符を買った。

そのあと、近くのホテルに宿を取った。ほとんど眠ってなかったので、ベッドにそのまま倒れ込み、泥のように眠った。


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