旅の記録 パキスタン編 16

pak161989年10月13日

町の中は賑やかで、インドの太鼓の音や歌声が溢れ、毎日がお祭りという感じだ。

友達もでき、ラマ寺の図書館で本を読んだり、タシに連れられてラマ寺で行われた大祭を見学した。本当に毎日が素晴らしかった。

ダウンダラムサラの町ではヒンドゥー三大祭の一つであるダシェラーの祭りが10日間も続いた。

町の広場に芝居小屋が造られ、そこで毎日「ラーマ・ヤーナ」の野外劇が演じられた。劇は夜が本番で面白かった。役者は全て町の人達である。

猿神のハヌマンは子供達の人気者で、ハヌマンが登場すると歓声が上がった。インド文化は「ラーマ・ヤーナ」抜きには考えられぬ程民衆の心に深く染み込んでいる。

10日目はいよいよクライマックスに達する。

野外劇で3人の悪魔が退治されると、群衆は町の外れの広い空地へと移動を始めた。私とフミコもそれについて行った。先頭には太鼓手、鐘叩き、クラリネット吹きが行く。

やがて空き地に着くと、そこには高さ5mくらいの悪魔の人形が3つ立てられていた。群衆がそれを取り囲み、火を放った。たちまち人形は燃え上がり、人形に仕掛けられた爆竹がポンポン鳴った。群衆は悪魔が燃えるのを見て何かを叫び、手を叩いて喜んでいた。

こうして祭りは終わり、再び町は日常を取り戻した。

それから間もなくダライ・ラマ14世がノーベル平和賞を受けてアメリカから帰国した時は、ダウンダラムサラのメインストリートはインド人と多くのチベット人の群衆が両側に並んで出迎えた。私達もそれに加わった。

ダライラマは眼鏡を光らせ車の窓から身を乗り出すようにしてこちらに向かって手を振ってくれた。

群衆の中には赤い衣に身を包んだチベット人僧侶も沢山いた。タシ君の姿もあった。


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