旅の記録 印度編 4-1

india4-11989年11月4日

目覚ましベルの音で目が覚めた。ベッドから離れて寝たおかげでダニに食われずに済んだ。

昨日リザーブしておいたBクラスのバスは予定より少し遅れて朝8時頃出発。一路スリナガルへ向かった。

普通のローカルバスで15時間だが、Bクラスバスは料金も少し高い(48Rs)けど12時間で着く。客も中流以上のインド人で身なりが良い。外国人は我々二人だけだった。

スリナガルへ行く途中の景色はなかなか良かった。トラックとバスが異常に多かった。休戦で通れるようになった為だ。

道は曲がりくねった険しい山道で、谷底に転落した車の残骸を時々見た。こちらのドライバーは荒っぽいのでハラハラする。スリナガルに着くまでに、ひっくり返ったり正面衝突してるトラックを5台くらい見た。なんだか恐ろしくなってくる。僕らのバスの運転手は運転は非常に上手かったが、スピードもかなり出すので時々ハラハラさせられた。

スリナガルの近くの村や町の風景は東欧のような感じで、非常にエキゾチックで素晴らしい。人々は袖付ポンチョともいうべき独特のオーバー(ドレック)を着ていた。この辺りは天気が悪く寒かった。

暗くなりかけた頃、バスがスリナガルに着いた。スリナガルは一大観光地で面白い所だが、それだけに泥棒、詐欺師、悪徳商人も多く、要注意の場所である。

バスを降りるか降りぬうちに、10人くらいの客引きにワッと囲まれた。こいつらは客引きと言うより、客をホテルやシルクの店に連れて行って麻薬を売るのを生業としているコミッションボーイで、信用できない連中である。他にマネーチェンジ、カメラやラジカセ、時計の故買などもやる。

インドで旅行者が接する悪徳の演出は、このコミッションボーイとポリ公とイミグレーションオフィスの役人どもが熱心に面白おかしくやってくれるのだ。

モハメッドもそうした手合いの一人だった。まだ若いのにひどく大人びて見えた。カシミール人にしては背が高く外国の服を着てハイカラ、頭はパンチパーマ風にしてマイケル・ジャクソン気取り、顔は浅黒く目は少しギョロ目で油断のならない感じであったが、モスリム独特の生真面目な感じがそれを上手くカモフラージュしていた。

僕は日本人に人気のあるグルシャンローズという名前のハウスボートに行きたいとモハメッドに言うと、彼はそこは自分の所だから案内しようと言った。

実は、バスを降りた時に自分の所がグルシャンローズだと言い張る客引きが10人もいたのである。誰が本当の事を言ってるのか分からなかった。このしつこく付きまとう客引きどもから早く離れたいのと、夜の暗がりの中を探し回るのが面倒なので、たまたま彼を選んだのだった。

彼が案内したハウスボートは、グルシャンローズと言うにはあまりにもお粗末なものだった。古くて小さくて少し傾いているように見えた。ハウスボートは岸に舫われており、小さな桟橋から乗り移る時、ぐらりと揺れた。


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