旅の記録 印度編 5-1

india5-11989年11月5日

朝、モハメッドが客室にティーとオムレツとバターを塗ったナンを運んで朝食だと言ってきた。

寒いが、水の上の生活は興味深いものだった。

カングラを抱いて食事した。モハメッドは時々茶を注いでくれた。そういう時彼は自然に振舞うので、この男は親切なのかそれとも本当の悪党なのか分からなくなった。

昨夜布団を焦がして穴をあけたと言うと、モハメッドは絨毯と布団を見て怒るどころか、ここに泊まる客はよく同じ失敗をする。布団も絨毯もボロ同然の物だから心配するなと言った。さらに、お前は俺の友達だからノープロブレムだとも言って笑い、まったく問題にしなかった。

それで僕は、モハメッドは本当は気の良い奴かもしれないと思った。

食事の後、ボートを出て街中にあるインド航空のオフィスへチケットを買いに行った。モハメッドが案内してくれた。

モハメッドの話では週に2便しか無いという事だが、毎日飛んでるという事を旅行者から聞いてたので彼の言う事は信用しなかった。モハメッドは出かける時、自分が買って来てやるから金をくれと言ってたが(800Rs)、渡したらきっと、今日はフライトが無かったとか言って我々のステイを延ばして宿代を稼ごうとするだろうし、しまいには布団を駄目にしたからとか言って金を返してくれない可能性も考えられたので、自分でブッキングする事にしたのだ。実際、次の日のフライトのチケットを我々は簡単に買う事が出来た。

彼は歩きながらシルクの店に案内するとうるさかったし、何人かのポリスと握手したりした。

ポリスと親しいという事は、彼が真面目だから?…とんでもない、おそらくポリスと組んで旅行者やヒッピーから金を巻き上げるような酷い事もやってる方の可能性の方が強かった。モハメッドは思ったよりかなり危険な男だと、この時僕は悟った。

モハメッドと途中で別れてから、バスステーションからゼロ橋あたりの街中を歩いてみた。18世紀のハンガリーにでもいるような気がした。建物は東欧風で、生活の習慣も何百年もの間それ程変化してないために、タイムカプセルで過去の世界に来た感じがした。

冬の来たスリナガルに旅行者の姿はなかった。特大の水ギセルを抱え込み、ドレック(上衣)の下にカングラを抱えた男達が店の中からじっと我々を見つめていた。

空は相変わらず今にもミゾレが降り出しそうにどんよりと曇り、大気は冷え切っており冬の東北地方のように陰気な感じがした。夏のスリナガルのイメージとは程遠かった。

丘に上ると古いヨーロッパ都市のような家並みが見渡せた。少し離れた丘の上に古城が古色蒼然としてそびえていた。その向こうに見えるはずのヒマラヤの白い峰は曇っていて見えなかった。


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