旅の記録 印度編 5-3

india5-3昨夜数回、モハメッドは寝ている我々の部屋を通って客室に行ったとフミちゃんが言っていた。その時にモハメッドは我々のリュックの中にハッシシの塊をそっと押し込んでいったかもしれないのだ。空港でポリスと一緒に待ちかまえていて、ハッシシを見つけ我々を牢屋にぶち込み大金をゆすり取る。これは実際によくある事なのだ。

モハメッドはポリスとグルだから、そのくらいの事はやりかねない。飛行機(ラダック行)は9時20分発。今7時過ぎだからそれくらいの時間は十分あるし、前日に彼は既にポリスと密談していたかもしれない。

日本だったら絵空事、テレビの中の事としか考えられないようなことも、ここでは日常茶飯事だ。ジャンムー、カシミールはモスリムのゲリラ活動も盛んで、ついこの間も観光客が銃撃戦の巻き添えで殺されたばかり。テロは毎度の事、治安は悪いしポリスも最悪だった。

我々はゼロ橋でミゼットを捉まえ、降りしきる雨の中を空港に向かった。その間リュックの中を点検したが、完全には出来なかった。空港に向かって走っている我々の横をポリスの車が追い抜いて行った。

我々の運ちゃんは空港を知らなかったので、100m手前の空軍のゲートの前に我々を降ろして行ってしまった。100m先に空港のゲートが見え、そこにさっきのポリスの車が停まっているのが見えた。町へ戻るミゼットが通りかかったので、空港に行かずそれに乗った。

仮にハッシシをリュックに突っ込まなくても、我々の飛行機が飛ぶのを待つ間にモハメッドは仲間のポリ公と空港にやって来て、絨毯と布団を焼いた弁償とかで何千Rsもの金を脅し取ろうとするに違いなかった。

ラダックへの陸路は雪と氷に閉ざされ、今は空路しかない。ラダックからデリーに行く飛行機はあるが、それも直行ではなくここで乗り継ぎだから、行きは上手く行っても帰りを空港で待ちかまえているかも知れなかった。

僕は状況を判断してラダック行は後で電話でキャンセルする事にして、ここは取りあえずモハメッドとその仲間に捕まらないように、スリナガルから逃げ出すのがベターであると考えた。状況はこちらには不利であったが、町のバスステーションでジャンムー行の切符を買い、バスを待った。ラダックはまた行けばいい。

モハメッドは今頃空港に向かっている。とにかくバスステーションに我々がいるとは推測できない筈だった。それでも一応ブランケットを頭からすっぽりかぶり、建物の陰に隠れてバスを待った。

それから50分後に、我々を乗せたバスが何事もなくスリナガルの街を抜け、山道に入った時は二人ともホッとしたのだった。

峠にかかると、ミゾレと雪で道路の状況は一段と悪くなった。スリップして転落したトラックと、道路脇に突っ込んでひっくり返ってる車を数台見た。我々のバスも他の車も、ほとんど夏タイヤのままだからそれも不思議な事ではなかった。無事に峠を越えられる事を祈りながら振り返ると、カシミールの盆地は降りしきるミゾレの中に溶け、暗く沈んで、それもやがて見えなくなった。

ラダックには行けなかったが、スリナガルの旅はそれはそれで、危険で面白いものだったと今は思える。


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