タスマニア旅日記(自転車旅行) 27

au272002年3月21日 キリカンキ 晴れ

起きると空はうって変ってコバルトブルーで風はおさまり、海は嘘のようにないでいた。

すぐに海岸に行ってみた。ヨットは静かにゆれていた。どうやら無事だったようだ。

タスマニアとオーストラリアの間の海峡はけっこう荒れる。シドニー・ホバートレースの時に時化のためレース艇がいくつか沈(チン)して11名のヨットマンが亡くなった事があった。

店に行く途中で、彼等に会った。

「昨日は、キャンプ地を教えてくれてありがとう。ヨットが無事でよかったですね」と私が言うと
「昨夜は心配でよくねむれなかったわ。これから出航するのよ」と奥さんが言った。

眼鏡をかけた老夫人は一見弱々しそうだが、すじ金入りのヨットレディーと見た。だんなはサー・チチェスターに似ていた。

2人はゴムボートを海岸に運び、ゴムボートをこいで、沖合にもやったヨットに帰った。手をふると、二人はヨットのコクピットの中で手をふってよこした。間もなく、スルスルと帆があがり、錨から放たれたヨットは帆に風をはらんで静かに去っていった。

「ボンボヤージ!良い航海を!」

店先の公衆電話から下川の家に電話してみた。ホントに彼等(ヨットのカップル)が言ってたように、つながった。でもカードは使えずコインだけ。持ってたコイン(7枚、7ドル)で3~5分くらいフミコと話すことが出来た。

家に電話したら、急に帰りたくなった。こんな自然なら下川に帰りゃ、いくらだってあるし、もっとキレイだぜ。ピーターもジュディーも都会人間だから、フリンダース島で感激しまくったんだろう。

自分は、これに近い環境で毎日暮らしてるんだから、ピーターやジュディとは逆に札幌やシドニーに出た時に感激する。ようするに自分は「田舎ねずみ」なんである。

そうゆうことだと思ったらもうこんな島に未練はなくなった。サザンシッピング・カンパニーに電話し、4/3日の予約を変更し、3/27日の出航(レディバロン→ブリドポート)に予約を入れなおしてもらった。

よーし、日本に帰るぞ!出航だ!


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