タスマニア旅日記(自転車旅行) 32

au322002年3月27日 レディ・バロン→ブリド・ポート 船

朝、まだ未明に沖合から船のエンジンの音がして目がさめた。テントの外に出てみると私の乗る貨物船のようだった。船の灯は近づいてこず、遠ざかってゆくようにも見えた。

「クソ!乗り遅れたか」と一瞬思った。でも、サザンシップカンパニーにホワイト・マークからTELした時は正午に出航の予定とゆう答えだったから、船は入港しようとして満潮を待ってるにちがいないと考えて、またテントに入って眠った。

8時くらいに港に自転車で行ってみた。見覚えのある青い貨物船が入港しており、荷を降ろしていた。見覚えのある船員にいつ出航するのかと聞くと、正午より遅れて今夜9時か、あるいは次の日の朝になるかもしれないから、あとでまた来てくれとゆう事だった。貨物船は積荷の関係とか潮の状態で出航日とか時間が常に変動する。

電話をもってれば事務所の方から決定次第出航前に連絡してくれるのだが、不便な土地をキャンプしながら自転車で旅している私にはインポシブルだ。携帯とは無縁の世界だ。

午にまた港に行き、サザン・シップカンパニーにTELしてみた。「今夜11時頃に出航する事になったけど、船の乗務員に直接聞いて下さい」とゆう事だった。

キャンプ地にもどって、ジェイクとヘイゼルと一緒にキャンプ地の海の見渡せるテーブルで食事した。

魚は3枚におろし、半分に切ってオリーブ油でソテーされた。私は残りのタイ米のボイルドライスにタイカレーのペーストと塩とオイルサーディンとヒマワリの種をまぜて、ライス・サラダを作った。各自の皿には魚のソテーとニンジンとチーズのサラダ、それに私のライス・サラダが盛られた。大変に魚は美味で、うまかった。それにしても逃がした2匹はそれ故に惜しかった。

食事のあと釣りに行った。河口まで行ったが引潮で、釣りにならないのでイエロービーチ(キャンプ地)にもどった。昨日の雨でしけった衣類やスリーピングバッグをかわかした。

午後3時にまた港に行き、船長に聞くと「今夜、9時までに来てくれ」と言われた。

キャンプ地にもどって、二人とお茶を沸かして飲んだ。そのあと二人は、フリンダース島の東海岸に向って出発した。手をふって別れた。

私は別れる時に、持っていた釣用具をジェイクにあげた。彼等にはネセサリイで、これからも大いに役に立つだろう。大物のトローリングは別として、見たところ日本製の方がすぐれている。

また一人になってしまった。

夕方になると海からの風が強くなった。夕焼けが美しい。

テントをたたんで、キャンプ場の無人小屋で夕食を作って食べた。時計をトラウザスポイントで落してしまい時間がわからない。小屋の窓から港と貨物船が見える。しかし、日没は8時頃なので、大たいの見当はついた。日没を見て、それからお茶を飲んで、出発した。港までは2kmしかないのですぐついた。

9時前に乗船した。

すでに乗客が3人居た。2人は来る時に一緒だったMr.レックスとMr.ポーチだった。「生きてたかい、日本人よ!」と二人は私の肩をたたき、握手をし、片時も離さぬカンビールをグイと飲んだ。あとの一人は年配の紳士だった。ジーンズにスポーツシャツとゆうラフな服装ながら、紳士は紳士の風格が自ずと伝わってくる。ハリスと名のった。物静かな人でていねいな気遣いをした。

間もなく船は出航した。2週間近く旅したフリンダース島とも、これでお別れだ。また来ようと思いながら遠ざかるレディ・バロンの灯に別れを告げた。

大洋に出ると船はゆれはじめた。私はスリーピングバッグに入り早々と眠った。


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