タスマニア旅日記(自転車旅行) 34

au342002年3月29日 土曜日 晴れ ブリドポート→ホバート

昨夜は、キッズがさわぎキャンプ地はにぎやか、若返った感じだった。しかし9時になると静かになった。カラオケがんがんの日本のキャンプ場とは違う。彼らは節度をわきまえている。ソフティフィスケイトされている。こうゆう所は見習った方がいい。

最近のジャパンはアメリカ文化の悪い部分ばかりを取り込んでいるとしか思えない。キッズが騒いで授業が出来ないなんてサイテーだ!!

物を盗まれる事はまったくと言っていい程、ここではあり得ない。私もタスマニアは世界一安全な国だと思う。アフガニスタン戦争やパレスチナとイスラエルの抗争などは、まったく別世界の話に感じられる。

新聞を見ても(読めるわけじゃないけれど)スポーツ記事がやたらに多くて、クリケットが大人気のようだ。本国のイギリスよりもオーストラリアの方が盛んである。ジンバブエとの仕合はポリティカルなプロブレム(アフェアー)の発生のため中止になったと大きく書いてあった。

今世紀はまさに民族の時代だ。民族と宗教の抗争が至る所で始まっている。マケドニアを舞台にした映画「ビフォアー・ザ・レイン」の中で、男が「火種はどこにでもある」と言っていたのが印象的だった。ロクでもない時代がまた始まったのだ。50年あまり続いた日本の平和は失われようとしている。

昼頃、ジュディが私を迎えにキャンプ場に来てくれた。実は、昨日、ジュディに電話したら「私も休みだから、迎えに行ってあげる」とゆう事になり、私もO・Kしたのだ。

連休が終らん事には動きがとれないし、両替しようにも銀行はクローズドでインポシブルだ。キャンプ場は最高に良いんだけど、キャンパーがどっと増えて、銀座みたいになっちゃって、なんだか居心地が悪くなってしまった。

そんな訳で今回はジュディの言葉に甘えさせてもらった。

「ハーイ!ヒデ アーユー ファイン」テントの前に車を止めて出てきた彼女の第一声。テント、荷物、自転車をパッパと積んでキャラバンパークを昼前に出発した。

ホバートまでは4時間~5時間だ。自転車だと一週間はかかる。すごい遠くに来たとゆう感じ。

景色がビュンビュン遠ざかる。自転車旅行に慣れてしまった私には、ものすごいスピードに感じられる。スペース・シャトルに乗ってるみたいだ。

ブリドポートからスコッツデイルに出て、そこからロンセスターに行った。ロンセスターのモールに車を停めコーヒーを飲んで休み、スーパーで買物して再び出発。

交通量は少なく、道は良い。道の両サイドはほとんど牧場だ。実に広大無辺な大地だ。

「このロンセスターからホバートまでの間は開拓の前はユーカリプスの森だったのよ」とジュディーが教えてくれた。今は、見渡す限りの牧草地になっている。

「山も所々、ハゲ山になってるのはロギング(伐採)のせいよ。このあたりはレッドネックが多いのよ」とジュディが言った。

「レッドネックって何ですか?」と聞くと
「金の亡者の事よ、成金、金のためなら何でもやる。木をどんどん切って売ってるの自然破壊もいいところよ」
「政府は黙って見てるんですか、人々は反対しないんですか?」と聞くと、
「そりゃ、反対運動もしてるけど私有地だから、どうにもならないのよ」とジュディーははきすてるように言った。レッドネックとはうまい事を言うもんだと感心した。

「日本にもそうゆう連中がいますよ。たしかに首が赤いし太いネ。そして短い」と私が言うとジュディーが笑った。

ロンセスターとホバートを結ぶ道路は一級国道であり幹線道路だから、すごい交通量を予想していた。しかし、実際には車は少なく、まるで田舎道を走ってるみたいだった。サイクリングロードが両サイドにあり、これならサイクリングしても大丈夫だろう。

日本でいうと北海道の旭川以北の国道並みである。ドライブも楽しい。

途中、ロスとゆう田舎町に立寄って休んだ。静かで古くて落ち着いた小さな小さな町で石造のタウンホール、木造のホテルやカフェも英国風それも一昔前のたたずまいで気に入った。今度来たら、このホテルに泊ってみようと思った。

タウンホールの横とか裏には必ず公衆の水洗トイレがある。そこで用を足し、再び国道に出てホバートに向った。

途中で給油した。ガソリン(ペトロール)はリッター95セント(70円弱)である。それでも高いとジュディーはこぼした。

国道では時速100km/hで走るのが当り前なので、私には車が飛んでるように感じられる。

夕方、4時過ぎにピーターとジュディの家に着いた。海を見下す丘の中腹にある、シックな大きな平屋だ。

今年の1月に買ったばかりの中古住宅。バスルーム、トイレットが2組ずつあり、部屋が5つ、一つは大広間で、他に広いシステムキッチンがある。暖炉も2つある。キッチンは非常に使いやすく感心した。他にピーターがビールを作って、冷してる部屋もある。

裏庭は植物に囲まれ、野外テーブルとイスがあり、バーベキュー用のグリルが設けられている。ここで時々、お茶を飲んだり、食事したりする。

私には一室が与えられている。快適だ。

ピーターは山に行って数日間会えない。

久々にバスに入浴して体を洗いリフレッシュした。

夕食はジュディーが用意してくれた。ジュディーは肉を食べないので、ステーキは私の分だけ焼いた。大きなTボーンステーキ、ロンセスターで買ってきた。ピーターが居ないのは残念だ。ジュディと旅の話をしながら夕食。

ワインはここでは赤に限る。白はうまくない。ステーキの付け合せは、ボイルしたジャガイモ、カリフラワー、ストリングビーンズがたっぷりあった。以前はこの他にご飯を軽く2杯は食べん事には胃がおさまらんかったのに、今はこれだけで十分である。

実際、私のおなかは一ヶ月の自転車キャンプ旅行ですっかり小さくなってしまった。体重も10kgへり、陽に真黒に焼け体調もすっかりよくなった。体が重いとゆう感じは奇跡的にぬぐわれた。

最初の一週間はものすごくキツくて死ぬかと思った。マライア島でキャンプ中は旅づかれも出て正直ホバートに帰ろうかと思った程だった。しかしフリンダース島にどうしても行きたかったので、頑張った。3週間後にフリンダース島に着いた時は体が自転車旅行とキャンプ生活に慣れてきて楽になっていた。

フリンダース島は全長100km、南のはしから北までオフロードの往復をやった。毎日、自転車をこぎ風と闘った。

ホワイトマークでのホテル2泊を除いて、この一か月間以上はテントで暮し、ほとんどたき火で自炊していた。そうゆう事が私の体を良くしてくれた。体重は10kg減ったが、前よりも強くなった。

問題はこれからだ。日本に帰ってからの心がけ一つで、また元に戻ってしまうか、このままいくか決まってしまう。

飛行機のチケットの関係でピーターとジュディの家にまだ10日くらいステーしなきゃならない。ゴロゴロしてりゃ、すぐ体重は元にもどってしまうので、毎日ホバートのセントラルまで歩いて往復する(30kmくらい)事に決めた。セントラルでお茶を飲み、港でスケッチしたり、魚を釣って過ごそうと思う。ついでに買物も出来るし、用事もすます事が出来るとゆうわけだ。

せっかく、10年ぶりで減った、それも10kgも減った体重だから、キープしなきゃもったいない。

晩飯を食ったあと、安心感からT・Vをみながらコックリコックリと居ねむりしていた。ジュディーに起され、自分のベッドに行き、そのままぐっすりと眠ってしまっていた。


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