タスマニア旅日記(自転車旅行) 38

au382002年4月6日 土曜日 晴れ 22℃

ウェリントン山が朝日にきらめいていた。私は窓を開け、ピーターとジュディーの家の裏口から庭に出て、イスに腰かけてタバコを吸い朝の一時を楽しんだ。

住宅地は木が多いので、小鳥がやってきて鳴いていた。ずっと下の方に街が広がり海へとつながっている。眺めが良い。週休2日制だから、住宅地はウィークエンドのくつろいだムードが漂っている。

ピーターが台所でハムエッグを作っていた。私はクラッカーとチーズを冷蔵庫から取り出し、ピーターと一緒に食事した。ジュディーもそのうち起きてきて、タバコを吸い、それから紅茶を入れてくれた。彼女の朝食はリンゴ1個とビスケット1枚だけ。ピーターはハムエッグとバタパンを平らげビールを飲んだ。

朝飯は、めいめい勝手に好きなように食べる。

昼ごはんは家で食べるとすれば、ハムとレタスとトマトそれにトーストくらいですませるのがフツー。弁当はサンドイッチがフツー。

夜ごはんは、ちょっと気合いを入れてちゃんとした料理を一緒に食べる。ジュディーはたいていジャガイモ、カリフラワー、ニンジンなどをボイルしたものと肉を焼くか、ソーセージをグリルで焼いたりする。生やさいのサラダも作る。ベーコン・エッグも作る。

でも、日本の食卓みたいに、ゴージャスではない。テレビを見ながら食事したりはしない。いたってシンプルかつ健康的である。アングロサクソンらしくアジア人みたいに飽食したり大食はしない。

ピーターは食べる方だが私の半分くらいだ。今では私も胃が小さくなり、ピーターと同じくらいで満足できる。これは生活習慣の差かもしれない。ライスを主食にすると、胃が大きくなるのだと私は思う。

オーブンとグリルと4個のガスレンジから成るクッカーマシンはどこの家庭にもあり、スーパーにゆくとキャセロールに味をつけるための様々なペーストや粉末のグレイビーが売られている。これらを利用すれば、どんなに料理が下手で味付けが下手な人でも、そこそこの料理は作って食べれるわけだ。

ただ、私が作る程度の料理や外国の料理は一般家庭では作られず(作れない)、それらはレストランで食べるのがフツーである。日本の主婦みたいに、和食から中華、洋食、カレー、となんでも作れるわけではない。

日本の食文化は幅が広いといつも思う。日本人は好奇心が強い民族であると常々感じる。海外旅行者はアジア人では日本人がダントツに多い。これは経済力や国の政策にも左右されるが、日本人の気質的なものも大いに関係しているものと思われる。

スイス人も同じように小さな国ながら、どこでもスイス人旅行者を見かける。ドイツ人も旅好きだ。イギリス人とフランス人は冒険好きである。

旅とゆうものは無形であり、冒険や旅にいくらお金をつぎ込んでも終ったら消えてしまう。車や服とは違う。形のないものにお金を使うのだから、かなり精神的なプレジャーである。それ故に気質とゆうものが反映されやすいのであろう。

10時すぎにピーターとジュディーに連れられてピクニックに行った。ホバートから南へ40kmくらいの所にある細長い島で全長が50kmくらいである。

車で一時間くらい走って、サウスイースト岬からフェリーで島に渡った。このフェリーは無料で30分~60分毎に出ている。

島は牧羊が産業らしく、牧場と山と海岸から成っている。途中、ペンギンが夜になると海からやってくるビーチを見た。

お昼、キャプテンクックが上陸したと言われるアドベンチャーベイでお昼にした。ビーチのテーブルに箱を置いた。中にはパンとハムとチーズ、それとリンゴにアボガドが入っている。ジュディーが手早くサンドイッチを作ってくれた。マホウびんのお湯で紅茶を入れ、サンドイッチを食べた。

そのあと、この島に住む芸術家達の作品展を村の小さな学校?の中で見た。私には今いちだった。

それから車を置いて、デイパックを背負ってハイキングした。ビーチ沿いの深いユーカリプスの巨木の森の中を歩いてフルテッド岬に行った。このあたりの海岸は昔は、江差のニシン場みたいに多くの飯場が建ち、漁民らが鯨を獲って鯨の油をしぼっていたらしい。100年くらい前の事だ。でも、跡かたもなく、海だけがあった。

「夏草や強者共の夢の跡」……そんな感慨が胸の中に広がった。海だけしか残ってないとゆうのは淋しい。知らなければそのままに通りすぎてしまう海岸だ。

知る事で今と昔が、時間がつながってゆく、それが歴史とゆうものだ。

岬の端までゆき、岩の上で寝転んで広く青い空を見た。

そのあと、右手の森の中に入り、再び歩いた。道は登りとなり、かなり急になった。30分近く登りつづけ、あえぎながら頂上に着いた。

反対側は目もくらむような、クリフ(崖)だった。500メートルくらいの高さで、ずっとはるか下の方で波が岩を喰んで白く泡立ってレースかざりのように見えた。

ピーターに足をホールドしてもらって、体を横にして岩の上から身を乗り出して下を見たが、息が止まるような気がした。私が思わず「ウワー!」と呼ぶとピーターとジュディーが笑った。私達はそこでしばらく眺めを楽しんでから帰路についた。

暗くなる頃、小さな町に着き、店でフィッシュ&チップスをどっさり買った。ピーターのいとこが経営している店だった。

そのあと車でしばらく走って、ピーターの妹の家に行った。ピーターのお父さんと飼犬のマックスが迎えてくれた。ピーターの妹夫婦はまだ帰宅してなかった。マックスは人なつっこい犬で、私はチャーリーの事をなつかしく思った。

キッチンでバカでかい魚のフライとチップスを皿にたっぷり盛って、ピーターとジュディと私の3人でビールを飲みながら夕食をとった。ボリュームがあり、腹ペコだったのでうまかった(3人分で14ドルだった)。おなかも一杯になった。

ピーターのお父さんはグリルでソーセージを焼き、ガスレンジの上でジャガイモをゆでていた。

私達が夕食を終え、ビールを飲んでいると、ジュディーの妹夫婦が帰ってきた。大きな旅行鞄も一緒だ。何日かメインランドへ旅行に行ってたのだと言った。マックスは嬉しくてピョンピョンはねてた。旅行中はお父さんが留守番をしてたのである。

お父さんと妹と、妹の旦那(コージ)が食堂のテーブルで夕食を始めた。マッシュドポテトと焼ソーセージ、それとシルバービーツをゆでたものだ(パンは食べない)。塩と酢とコショーを適当にふりかけて、皆は食べはじめた。旅の話や留守中のマックスの事で家の中は明るくにぎやかで一人暮らしをしてるお父さんも楽しそうだった。

お父さんは5年前にピーターのお母さんが亡くなって、タスマニアの北西のスミットンの古い家をたたみ、ホバートに来て家を買い、今は一人で暮らしているとゆう事である。父と母の写真が妹の家の壁にあったが、お母さんは明るい人の良さそうなプリティーな人だった。ピーターの妹はお母さんに似ている。

そのあと、私達は家にもどり、テレビを少し見てるうちにねむくなり、ベッドに行った。


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